点のカイト
光冨郁也

江ノ島の砂浜で、
少年だったわたしは、
父とカイトを、飛ばした。
父の、大きな背の、
後ろで空を見上げる。
埋まる足元と、手につく砂。
潮風に乗って、
黒い三角形のカイトは、
糸をはりつめて、遠く浮かぶ、
追いつくことのできない、
二人で見続ける、
空の点。

ヘッドホンで、
CDを聴く夜。
不安をやわらげるため、
処方された漢方薬、
薄い茶色の、舌にはりつく、
顆粒を、
ウーロン茶で、二回にわけて、飲む。
オウム貝の、ライトの明かりだけで、
眠くなるまで、
ベッドの中から、
床のすみに放られた、
アルバムを手にする。
オレンジに照らすページを開くと、
正月に、江ノ島で遊ぶ写真があった。
腰を曲げ、
黒いカイトの糸をほどく、父と、
紙袋を後ろ手にしている、わたし。
それぞれ、帽子をかぶり、
色黒の父と、
色白のわたしが、
カメラのレンズの側の、
母に向かって、笑っている。

半身を起こし、
わたしの横顔を、
ストロボより激しい、
カミナリの光が照らす。
腕を伸ばし、窓を開け、
二十年は会っていない、
亡き父はどこかと、空をあおぐ。

いま、
黒い点が拡がり、
巨大なカイトで覆われた、
夜の空から、雨が降り注ぐ。
カイトのビニールにあたる音。
わたしは、枕元のライトで、
一眼レフの脇の、
紺の帽子を探し、かぶり、
湿った風の匂いに、
こぼれた薬が、
胸もとに散らばり、
さわってみると、砂の感触がある。


自由詩 点のカイト Copyright 光冨郁也 2005-02-20 14:31:17縦
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