ざくろ
光冨郁埜

呼ぶことのない 
部屋のテーブルには
ざくろの 割れた実が ひとつ
むくれている ざくろには
いくつものやみがあって
そのうつろに 
赤黒い眼がおさまっている
ざくろの実に
穿かれた口があって
染まった歯と唇のまから
こけむす ざらつく舌が うごめいている
ざくろは 皮を 肉のほうから脱ぎ
むくりと ひとの顔となる

歎ずる身体のあちらこちらに
隠し切れない 
乾くことのない傷痕が ひかりを求めている
ざわつく 赤黒い 胸騒ぎをひめながら
ひっそりと
ひとは 朱に染まった服を まとっている

その服の裾から覗く 傷もあれば
下着に隠れる 痕もあって
むせぶほどの温もりがあって
水道水をながしつづけ 
洗われる傷痕を かかえて 
ひとは そこに 立ち尽くしている
しだいに服が 紫に 染まっていく

ときには 手を振って
ひとを はらおうと
歪めながらも 赤茶けた 言葉を発しても
傷つけてしまうのは
叩かれるために 生まれた 子だからか
手を伸ばして 触れることのできる
その傷痕が またひとつ
痛みを ともなって 生まれてくる
こころをつつみかくして
ぶきように微笑んでみても
紫にむくれた 痛みに 耐え切れずに
声を発してみても
とどかずに だれもいないほうをみる

ほんとうは
その先の 言葉も言えずに 
またひとを 叩いている
自分の胸に ひっかき傷をつけている
自分の手首を 焼いている

ざくろの実の代わりに
落とされた
手首が テーブルに置かれる
くもった音がひとつしたきり

閉じていた目が 夜 ひらく



自由詩 ざくろ Copyright 光冨郁埜 2015-12-23 21:19:51
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