丸い背中
服部 剛
毎朝みる、幾人かの顔が
通り過ぎる朝の道の向こうから
杖をつき、背を丸め…近づいてくる
95歳のトメさんと、目が合う。
――あら、今週も会ったわねぇ
毎週火曜は、通院らしい。
毎週土曜は、僕の働く
デイサービスに、やってくる。
僕と妻と染色体が一本多い息子の写真が
某新聞に載った翌日
自宅でみつけた同僚は嬉々として
デイの廊下の壁に、貼る。
トイレから出たトメさんは、はっと気づき
ひと時新聞記事を、読む。
――あなた、大変ねぇ…ボクは大丈夫?
翌週土曜も――ボク元気?
翌々週も――ボクはどう?
僕の顔をみるや否や歩み来て、声をかける。
作り笑いで礼を言いつつ
口には出さぬ、言葉を思う
(あんまりあわれまれるのもなぁ…)
*
3週間ぶりのトメさんが
朝の道の遠くから
段々と…近づいてくる
(最近は土曜が休みだったので)
目線を上げたトメさんと、目が合う。
――あらあなた、ボク元気?
――はい、元気、だいじょぶです!
爽やかな朝のあいさつ
トメさんは病院へ
僕は職場へ
背後に遠のいてゆく…丸い背中を、
振り返る
何故か突如、小さい言葉の温もりが
これから日々の現場へ向かう
僕の胸中にじゅわ、と沁みた。
*
ふたたび土曜の夕方
――またお待ちしてます
窓越しに手を振り
トメさんを乗せた送迎車は、門を出る。
隣で手を振っていた上司は、呟いた。
――来月からトメさん、息子夫婦と離れ
団地でひとり暮らしなんだよな…
自由詩
丸い背中
Copyright
服部 剛
2015-11-22 23:59:01
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