「白雪姫とベンジャミン」
ベンジャミン

「愛する心を失くした僕は、あなたの眠りを得ることで、愛を取り戻したのです。それを永遠にする方法もまた、眠りにつくことだったのでしょう。永遠の命より、永遠の愛を選んだのです。悲しくはありません、こんなにも・・・嬉しい。」




深い森の奥、忘れられた廃墟の城に美しい姫が眠っていました。
名は白雪姫といいましたが、もうその名前を知っているのは、日に何度となく様子を見に来る7人の小人だけ。正確には、その生き残りのベンジャミンという小人だけでした。
ベンジャミンは死を逃れるため、白雪姫に眠りの呪文をかけた魔女のもとを訪ねると、永遠の命を得る代わりに「愛する心」を差し出したのでした。
しかしベンジャミンは、白雪姫の幸せを祈る気持ちまで失ってはいなかったのです。ですから、こうして毎日かかさず様子を見に来ているのでした。

ある日、ベンジャミンが森の外の畑で働いていると、知り合いのゴブリンが息をはずませて話しかけてきました。
「ベンジャミン!俺はすごい話を聞いたぞ。白雪姫の眠りを覚ます方法だ!」
ベンジャミンは驚いて、持っていた道具を放り投げて耳を傾けました。
ところがその方法というのは、聞けば実は大変恐ろしい内容だったのです。
「小人の心臓を銀のナイフで突き刺して血をあたえよ」
それが、目覚めさせる方法でした。
ベンジャミンは悩みました。白雪姫を愛する心はありません。しかし、幸せを祈る気持ちはあったからです。
月のきれいな晩でした。
ベンジャミンは意を決して城へ向かいます。懐には銀のナイフそして同じ銀の盃が入っていました。
カーテンのはがれ落ちた部屋には、月の薄明かりが差し込んで、それが白雪姫をさらに白く浮き上がらせていました。
ベンジャミンはナイフを胸に当てると、ためらうことなく深く体に沈めました。
聞き取れないほどの声で、ベンジャミンは何かを呟いていましたが、それは零れ出した血を盃が受け止める音でかき消されました。もつれる足で白雪姫にすり寄ったベンジャミンは、盃をそっと唇に当て、おそるおそる注ぎました。薄紅色の唇が濃くなってゆきます。苦しさに息を忘れてしまいそうでしたが、白雪姫の目覚めを見たい一心で、ベンジャミンはながらえていました。
どれくらい時間が過ぎたのか、白雪姫は静かに目を開けました。月明かりの部屋の中には、嗅ぎなれない匂いが満ちていて、それが血の匂いであることに自分の染まった服を見て気づいたのでした。
傍らには、ベンジャミンが倒れています。眠りに落ちる前に見た、そのままのベンジャミンでしたが、すでに息はありませんでした。白雪姫は、何が起こったのかもわからないまま、ベンジャミンを抱き起こしました。
涙が止まりません、零れ落ちた涙が、床の上に転がった盃に入りました。すると、かすかな声が、白雪姫を包んだのです。
やっと聞き取れるほどの、それはベンジャミンの声でした。銀のナイフを胸に通したとき、ベンジャミンが呟いた言葉、それが盃に記憶されていたのです。もしかしたら、それは魔女の魔法なのかもしれませんが、だとしても、今この瞬間は善悪などの隔てもなく、ただただ月明かりに照らされた二人が美しいだけでした。

ベンジャミンの呟いた言葉が聞こえます。
あなたにも、もう聞こえているのです。


散文(批評随筆小説等) 「白雪姫とベンジャミン」 Copyright ベンジャミン 2005-02-12 02:03:24
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