テロルの季節
馬野ミキ

猿や猪がふもとの町にあらわれ
人々は大混乱というニュースをみると
俺は猿や猪を応援しがちである
へっ 何が現代社会だ きどりやがって 猿や猪一匹登場でこのザマか 
とまあ少しひねくれているのか
自分は社会にあまり恩恵を受けていないと思っているのかも知れない

であるから
通り魔事件などが起きても同じような気持ちを抱いてしまう
加害者に共感するのだ

20年以上前、バンドブームというものがあり
そのムーブメントの真ん中で自分はパンクロックをやりに鳥取から東京に夜行列車に乗ってやって来た
俺はライブハウスに行くかわりに読書をするようになった
新右翼や新左翼、ライヒやフロムを読み社会を変えるにはということを自分なりに追求した
東京のパンクバンドには
ライブをして打ち上げをしてセックスをしているだけで
本当に世界を変えようという気概を見いだせなかった

今も池袋駅前で政治演説をしている小さな政治結社がある
年をとってないな 変わってないな元気だなと思う
20年前、雑司が谷の俺のアパートに彼は来たのだ
いかにして社会を変えるか 彼と話した
だが彼は俺がいかに多くの友達やツテを持っているかを一番に気にかけているように見えたので
それ以降会うことはなくなった

やがて俺はバンドを組むことをあきらめ
路上で一人で歌うようになる
他人と饒舌なコミニュケーションが取れないのだ
ギターの弾き語りにしろ、フォークミュージックが好きでやっているわけではなく
むしろフォークはめめしくて嫌いであり
それは詩の朗読にしろ、俺にとってそれはテロのようなものであったのかも知れない

2ちゃんねるの殺人予告や
マクドナルドをツイッターで晒しあげることも
ある種のテロではないだろうか
個人が、システム化された社会に影響を与えうるという意味では・・・

人間はシステムを作って来たが
自分たちの作ってきたシステムに息苦しさを感じている
それを誰か他人に壊してもらいたいと思ってるから傲慢だ
企業の重役が赤ちゃんプレイにいそしむのはそのためではないか
そういう奴の指示に従い派遣社員は働く

食品にコオロギが入っていたら
一緒に食べればいいじゃないか
栄養があるぞ
てか、お前らはコオロギをなめてんのか?
なぜ、まず、コオロギを土に埋めてお墓を作ることをしないのか?



自由詩 テロルの季節 Copyright 馬野ミキ 2015-01-09 09:35:56
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