アーカム・ハウスの詩の小部屋
佐々宝砂

待っているうちに、
背筋がちりちりしてきた。
正面の壁には食屍鬼の絵。
出されたコーヒーはいやに薄くて、
いつもは入れない角砂糖をひとつ落としたが、
ぜんぜん味がしない。
窓のむこう風がフルートのようにきこえる。
あれは風だ、風だ、ただの風だ。
風に決まっている。

ドアにノックの音、
それから、
顎の長い妙な顔したおちょぼぐちの男が、
するり音もなくはいってくる。
私は深く深くこれ以上ないくらい深く頭を下げて、
許しを乞い、
秘儀への参入を乞い、
イア! シュブ=ニグラス!
と叫んでみたがどうやらこれは違ったらしい。
狂えるバストの司祭ラヴェ・ケラフは、
馬面を憂鬱そうに横に振り、
おもむろに、

自分の腕と、
顔を、
外した。


――ないしょだ、ないしょ!


なんで倒れたのかよくわからない。
私はじゅうたんに伸びていて、
目の前に椅子があった。
椅子のうえには、
二本の腕、
皺くちゃになった白い顔の皮膚。
さすがに怖いが、これはゲームだ。
たぶんゲームだ。
「闇に囁くもの」そのままの情景じゃないか、
これはやっぱりただ私を試してるんだ。
頭を働かせなくちゃならない。
私はあたりを見回す。
椅子の横には銀色の円筒がある。
あれがポイントだろうか?
銀色の円筒に触れると、

くらり、
私は、
地球から消えた。


――ないしょだ、ないしょ!


さて私は冷気の中に目覚め、
かぼそいフルートの響きに耳を澄ました。
もちろんあれは風なんかじゃない。
疑いなくフルートだ。
私はそれから書類に署名し、
ラヴェ・ケラフと力強い握手を交わし、
輝くトラペゾヘドロンを媒介に、
ナイアルラトホテップの姿を垣間見たが、
それ以上のことは、
あなたに教えるわけにいかない。
ないしょだ、ないしょ!

知りたかったら、
アーカム・ハウスの詩の小部屋においで。
銀色の円筒を持って待っている。


自由詩 アーカム・ハウスの詩の小部屋 Copyright 佐々宝砂 2014-12-18 12:45:48
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