けれども
身じろぎもせず息をひそめて
眠ったふりをとおす
それがきみのためになればいいのだけど
夜が終わるのを待つあいだ
カーテンの裾からもれる淡いひかりに
痙攣するまぶたでこたえながら
うすい毛布にからまって
温みをのがさないように動かずに
いる
ねこみたいにすべりこんでくるのは
土をなでる水音
ながいこと寄り添っていたように
自然なしぐさでわたしの耳元に足を折る
*
眼をあける
霧のなかにも降る
ひかりの粒子
思い出すのは
はじめて足を踏みいれた町で
背の丸まった店主のいるちいさな古本屋にはいって
奥付にそっと刻まれた
その年月にふさわしい威厳を持つ装丁に
心奪われたとき
物語は音楽になるだろうか
文字のすきまから立ちあがる
雨のにおいにまぎれたとき
*
「わたしにあたらしい傘を買ってください」
*
けものみちから外れた
日々のあしあとは
振り返るときには草木に埋もれている
どの季節にも等しく雨は降り
眼をあける
改札を通り抜け、手を振った
雨のはなしをするひとのまわりに雨はなく
明るい色の傘がひらひらとまわる
夢のなかでは
けっしてたどりつかない雨
足もとを見つめると
影は傘と同じ色をしているが
そのひとは気づかない
右の手でそっと手渡された帰りの切符を
ふたたび改札を抜けるときに
駅員さんを呼び止めて持ち帰ってもよいかとたずねる
ああ
そうすればよかったといまになって思う
*
夜の続くかぎり雨は降る
傘の色をしているGhost
全力で信じる、愛していた、という響き
けれども眠ったふりをとおす
わたし自身のため
影を追わずに
夜が終わるのを待つ
いつか誰かに雨のはなしをする
傘をさせば思い出す
雨のはなしには終わりがない
傘さえあればひとりで帰れる
わたしはひとりになる
誰かと会う
会って雨のはなしをする
影は雨になって降ってくる
そして傘をさす
わたしはひとりだ
昨日はまだ続いている
手放した切符
わたしのGhost、 雨のにおい。雨のにおい。雨のにおい。ほんとうはもう忘れてしまった雨の