扇風機の口癖(ゴル投稿)
百均

「扇風機の口癖」


我輩は扇風機である。名前はDY-301P(MW)私はこの名前が好きではない。

私は、汚らしい部屋の扇風機として、誰もいない部屋の中の風を煽っている。そう主人が消し忘れたのである。酷い話だ。主人は専ら、何かと、事あるごとに、地球温暖化、地球温暖化!などと喚く輩なのであるが、そもそも私を付けっ放しにして、頻繁に外出している時点で駄目だと思う。

扇風機の首は動かないよう固定されているので、万年コリが激しい。今日は特に子供が家庭の扇風機だったので余計だった。私達扇風機は、毎日同じ景色に風を送り出さねばならない為、一週間毎に、他の扇風機と中身だけ入れ替わることが許されている。

「ワレワレハ〜ウチュウジン」

しっておるわ、皆宇宙人だよ、宇宙人じゃねぇ奴いねぇよ!ってか虫歯だらけのきったねぇ、口内見せつけてくんじゃねぇよ!

…とか、昔はそんなことが多々あったのだが、今の子供達はゲームに夢中で殆ど私に話しかけてくれない。最近では羽の無い扇風機が流行り出したとか、ブレードが危ないからそれにしましょう、とか、いやいやいや、そしたら宇宙人できなくなりますよ!奥さん!とか、もう言えなくなってしまった。誰か私の首を動かして欲しい。

ある時私は、一人の男の長い長い話の聞き役になったことがあった。男は「俺はダメな男だ」と、自分の恵まれない生い立ちから、23になるまで経験した、様々な出会い、音楽、物語、恋愛、最近振られたこと、今大学にいっていないこと、文学なんて全く興味が無かったのに、偶々時間つぶしに立ち寄った古書店で、見つけた本が、男の人生を悪い方向に変えてしまったこと、悪い方向に変えたのを文学のせいにしている自分に嫌気がさしたこと、そんなことを、私に宇宙人しながら、休むことなく話しかけてきた。非常に退屈であったが、その話にでてきた「我輩は猫である」という言葉だけは何故か記憶に残ってしまった。それ以降、私は一人自分の回想に耽る度に我輩をつけるようになった。我輩は扇風機である。なんかいい響だなぁ、と思う度にそう思う。

羽の前につけられた、網の、内側の埃が溜まってくる季節になると、私達の役目はだいたい終わる。ただ、役目が終わったからといって、必ずしも冬眠出来るわけではなく、仕舞うのが面倒な主であった場合、私は雪を見ながら冬を過ごす。雪、というのは大気上にある、小さな汚れに水分が付いて結晶化したものであるから、ようは汚いものなのだと、男はいった、子供は新しいゲームに夢中で、奥さんは家に中々帰ってこなかった。地球温暖化はイルミネーションの電力の無駄遣いを何ちゃらといって、部屋の明かりを付けっ放しにしたまま3日も帰ってこない。私は一人誰もいない部屋の中で、羽を再び回すことの出来る季節を待ちわびている。

私は雨に打たれている、酷い雨だ、隣には一口も食べられることなく捨てられた野菜が生ゴミとして、捨てられている。お前はカラスに食われるからいいではないか、私にはもう電力がないから、どうすることも出来ない。朝起きるのが面倒な付近の住民達が夜、雨の中様々なゴミを私の顔にぶつけては、タイマーの所に臭い吐瀉物を巻き切らしていった。中に内臓されたモーターが壊れては、修理に出すよりは新しいものを買った方が安いからと、お前は役立たずだと、私は待ち続けた、つもりゆく埃が雪掻きされることはなく、ひたすら、洗い流してくれたのは、黒い雨だった。

その時、風が私の羽をなぞるように押して、回してくれた。いつも回した風が私をまわしていた。雨の勢いはいよいよ増して、私は周り続けた。

私は薄れゆく意識の中で色々なことを考えた。いや、ここでくたばったからといって死ぬわけでもないのだが、それでも、我輩は扇風機である。名前はDY-301P(MW)私はこの名前が好きではない。だが、回らなくてはならない。それが私の使命なのである。

雨と風と人間と生ゴミとそれらを啄むカラスをも包みこんだこの場所で、私は朝を見るのだ。


即興ゴルコンダ(http://golconda.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=4841048#10648297)


自由詩 扇風機の口癖(ゴル投稿) Copyright 百均 2014-09-12 18:19:21
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