侘び錆
蒼木りん

鍵盤は指で叩けば
直ぐに音を出してくれるのですきです
キーボードも
カチカチカチとなります
ピアノは
気分のとおりの音を択べば
わたしの自己満足を満たしてくれる
便利で受身な道具です

手に入れると
色あせてゆくものばかりです
手に入らない夢を見ていた頃に
憬れは
神経の伝達によって
わたしの核心部に到達し
複数の部屋をノックするときもあれば
たった一つ
「哀しさ」という部屋の扉を
何度も叩くときもありました

あのころは
扉に施錠もせずに
いつでもお招きしていました

「哀しさ」さえも美しい姿で
白紙の上に現れた文字も色も
旋律と光の色に溶けてゆきそうでした

なぜ今は
この扉は開かないのでしょう
光はさないのでしょう

蝶番が錆びていました
鍵は
永いこと閉めたままで
やはり錆びていたのでしょう

なぜ今は
わたしはそれを
ただ見ているだけなのでしょう

わたしは
かけがえのないものを手にした代わりに
わたしの核心でさえ
到達できず見失いそうになってしまったようです

仕方がないけれど
もうそこにずっと閉じこもっては
いられないのです

時折
こうして錆びた扉を少し気にしては
色あせてしまった世界の中を
ポロンポロン歩いているのです



未詩・独白 侘び錆 Copyright 蒼木りん 2005-01-26 00:39:41
notebook Home 戻る