身延山にて
服部 剛

久遠寺くおんじの山門を潜り
巨きい杉木立の間に敷かれる
荒い石畳の道を抜けて
前方に現れる
天まで続く梯子のような
二百八十七の石段

緑の山の何処からか鳴り響く
団扇うちわ太鼓の音を、自らの鼓動に重ね
途中は休み、休みで
最後の一段をなんとか上り
腰を下ろせば
下界から吹き上げる風は
この頬を過ぎてゆく

先ほどまで、僕も息を切らしていた
下界の石段を
幾人かの豆粒の人々が
手すりに掴まったり、手を繋ぎあったりで
ゆっくりこちらに上ってくる

神様も仏様も、きっと
時にはこうして
娑婆の世界を這う人に
手を差しのべることもせず
じぃ…っと見つめているだろう  

日々の邪念をなんとか振り捨てて
石段の頂に腰を下ろした、僕と
今から一段目を上る豆粒のような、旅人と
二百八十七段越しに
目があった  








自由詩 身延山にて Copyright 服部 剛 2014-07-18 22:29:09
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