約束
アンドリュウ

もぬけの殻の四郎は小さな山の頂に立った
6年前美智子と交わした約束
「3年後のこの日に もしまだ好きだったらここで会おう」
美智子は涙をいっぱい浮かべながら細い頤を振って何度もうなずいた
その様が健気で愛おしかった
二人は何度も抱き合って泣いた 
その日夕日が沈んでから月明かりの中を手をつないで下山した 
その時の美智子の手のぬくもりを昨日の事のように思い出す
次の日四郎は後ろ髪をひかれる思いでアメリカへ留学した
将来結婚して美智子を幸せにするにはどうしても越えなければならないハードルだった 
三年間の研究を終えて帰国すれば大学に講師の席が用意されている
別れている間は研究に支障をきたすからと全ての連絡を絶ったのは一途な美智子の提案だった
ところが状況が変わって帰国が伸びた
もう3年我慢すれば講師ではなくてもっと上の椅子が手に入るかもしれない 
さんざん悩んだ挙句四郎は帰国を延ばした
美智子には手紙で事の次第を連絡した
最後には6年後の同じ日に山頂で会おうと三回同じ言葉を並べた
美智子から返事は無かったが一途な美智子の事 
きっと旅立つ前の連絡はとらないという約束を律義に守っているのだろう
そう前向きに解釈していた
美智子のことだけを考え遊びの誘いは断って勉学に邁進した
ところが事態は急変した 
無事に6年の研究期間を終え一週間後に帰国というその日
偶然会った邦人の友達から信じられない言葉を聞いたのだ
「あっそうそう前島美智子ってお前の元カノだったよな?…
あいつ可哀そうに事故で死んだんだぜ」
「えっ!冗談だろ」
「まじだよ えっとあれは確か三年前だったかな
高速でトンネルの天井が落ちて来てさ…」
四郎は突然雷雨の中に引き立てられた様な衝撃に打たれた
自分がここまで頑張れたのも全て美智子の存在があってこそだった
セミの抜け殻のような体で帰国し茫然自失のまま無意識のうちにこの山に登って来た 
ここが唯一美智子の存在を感じられる場所だった

静かに涙が溢れてくる
拭っても拭っても溢れてくる
本来なら今日が約束の日だった
二人で手に手を取って新しい人生を歩んで行ける輝かしい始まりの日になるはずだった 

四郎は声をあげて号泣した
ミチコ〜なんで俺を残して行っちまったんだ
心のたけを言葉にならない嗚咽に繰り返した




ふいに人気のない山頂に一陣の風が吹いて
夕暮れの薄明かりの中を何かが草を揺らして登って来るのが見えた
血塗れの何かが…


散文(批評随筆小説等)  約束 Copyright アンドリュウ 2014-07-09 18:12:17
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