風の祈り
服部 剛

(南無アッバ)をひとすじに唱え
天寿を全うした井上洋治神父が
空へ吸いこまれ、風になった日

霊柩車を見送る
カテドラル教会の庭の木々の緑に
透きとおる一陣の風は吹き抜け――

アンジェラスの鐘は
空の青さに響き渡り
千の喪服の人々は
両手を合わせ、頭を垂れた

  *  

翌日、妻宛に分厚い封筒が届いた。
「あなたの骨髄に適合した患者が異国にいます」

「その人の役に立ちたい」と
仕事帰りに報告を受けた
僕のいくじなしな心は、妻を案じて
24時間俯きながら、考えた――

  *

翌日、仕事から帰った僕は書斎に籠り
部屋の電気を消した、闇に坐り
井上神父の親友の遠藤先生の
かたみを両手で握り、目を閉じた――

かたみは声無き声で、囁いた
(詩人なら、未知の世界へ立ち上がれ…)

  *  

翌朝、目覚めた僕と妻は
枕元に、在りし日の
井上神父の手紙を置いて
心を一つに、唱和した

「僕等はあの日、風の家で受洗した
 あなたの弟子です。
 僕等を待つ、異国の白血病患者に
 この祈りが、どうか届きますように…
 アッバ アッバ 南無アッバ     」

唱えると何故か
必死でこちらに頭を垂れる
異国のひとが
僕等の前に坐る姿が
薄っすらと観え――

涙のあふれた僕の頬を
妻の指がそっと拭った  










自由詩 風の祈り Copyright 服部 剛 2014-03-22 20:41:29
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