【 箱の中の呟き 】
泡沫恋歌

 大きな木の箱から、何やら呟きが聴こえてくる。

「あぁー、もうそろそろ春になったのかしら?」
 溜息交じりの女の声、どこか気だるく寝むそうだ。

 年に一度、このカビ臭い箱から私はやっと出して貰える。
 真っ暗な箱の中ではずっと眠っている。いいえ、寝た振りをしているだけで、時々、薄目を開けて周りを見回しているけど……ただ真っ暗闇で何も見えない。「こんなの退屈過ぎて気が変になりそう!」だから、また寝た振りをする。――そうすると、その内、冬眠状態に入る。

 何のために存在しているのか分からないけれど、一年に一度の行事のために……、その日を美しく彩るために私は作られた。

 それ以外の日は外にも出して貰えない。
 ずっと箱の中に軟禁状態で、おまけに虫よけの薬の臭いが強烈で息苦しい。でも、それが薄まってきたら、今度はカビの臭いが鼻を突く。大事な着物にカビが生えたらどうしよう! 除湿剤も一緒に入れといてよね。
『○○は顔が命』とかいって、汚れないようにと顔にテッシュを巻かれているから、「ああ〜息苦しいよぉ……」去年、片付ける時に扇子をどこかに失くしちゃった。
 あれがないとキメポーズがきまらないのよ。
 困ったわ! たぶん、この箱のどこかに落ちているんだと思うんだけど……。

 いつも私の右側にいる彼氏が去年、仕舞う時に離ればなれにされちゃった。
 毎年片付ける度に、やり方が違うから困ってしますわ。どうやら三人娘の誰かとカップリングされたみたいね。時々クスクス……と女の忍び笑いがするもの。
 あの娘たちときたら身のほど知らずにも程があるわ!
 ……と言っても、私と右側の彼氏とは今では『仮面夫婦』ですの。愛情なんてとっくの昔に冷めているけど、世間体だけで仲良し夫婦の振りをしているのよ。
 だって、私たちが仲よく並んでいないと絵にならないでしょう?
 ホントは私……最近は右側の彼氏より白いお髭の渋いご老人に萌えていますの。あ! これは内緒ですわ。シィー……。

 昔は箱から出されて、七段飾りの緋毛氈の上に丁寧に並べられていった。
 最初に私たち夫婦を飾って、三人娘や五人の楽士たち、おじさんが二人と段々と並んでいきました。
 飾り終わった私たちを見て、女の子の瞳はキラキラ輝いていたわ。この日だけは、どこの家の女の子も『お嬢さま』で、きれいな服を着て誇らし気な笑顔だった。
 ――だって女の子のお祭りですもの。
 近所の女の子たちを集めてミニパーティ! 桃の花を飾り、ちらし寿司や蛤のお吸い物、白酒、菱餅、あられでお祝をしたのよ。
 楽しそうな女の子たちの様子ったら――上段から見ていて、こっちまで嬉しくなっちゃうわ。
 その場を盛り上げる雰囲気作りに欠かせないのは、もちろん私たちの存在よ!

 ああ、もうこんな退屈な箱の中から出たい!

             *

『ねぇ、お雛さまどうするの?』
『もう、明日でしょう?』
『おまえが手伝ってくれないから、お母さんひとりじゃあお雛さま飾れないよ』
『もう、いいんじゃないの。子どもじゃないんだし、女子大生になってまでお雛祭りはやんないよ』
『――そうかい』
『また、すぐに片付けないといけないし、面倒だし、もう出すの止めようよ』
『おまえがそれでいいなら……』
『止めよう、止めよう! それより雛祭りケーキ買ってきてよね』
『お雛さまより、食い気の娘なんて……あははっ』

             *

 早く、早く! この箱から出してくださいなっ!


                          ― おわり―


散文(批評随筆小説等) 【 箱の中の呟き 】 Copyright 泡沫恋歌 2014-03-03 09:44:52
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