ここ、通れます
佐々宝砂

伊栖摩への道?
あそこは友だちがいるから行ったことはあるけど。
地元民に聞くのがいちばんよ。
地元で聞いたらルートがややこしすぎたって?
ややこしいルートが正解なの。
近道しようとするとかえって時間がかかる。

ねえ。
私が伊栖摩で迷ったときの話をしてあげようか。

あれは冬の夕方のことでね。
伊栖摩の友だちんとこに遊びに行ったの。
帰り道、友だちが教えてくれたせせこまい道じゃなく
広い通りを走りたくなった。
教えてくれた道よりはるかに広い道があったの。
方角はあっていたはずよ。
ところが走るにつれ道が狭くなってゆく。
あたりは生け垣の高い民家ばかりで見通しもきかない。
おまけにそこいらじゅう一方通行の標識だらけ、
一方通行を無視したら小さな沼につきあたる始末。
あそこらは沼が多いのね。

沼に用はないもの。
もういちどいま来た道をとって返して
一方通行地獄から抜けだそうとよくよく見ると
白い看板にはっきりした読みやすい赤い字で
「ここ、通れます」と書いてあるの。

もちろんそこに入ってみた。
川沿いの茶畑のあいまの道。
男蛇川か女蛇川だなと思った。
一方通行の標識はなし。
走ってれば広い道に出るだろうと進んだ。

しかしそうはいかなかった。
道なりに走って行ったら民家が減っていき
そのうちなんにもなくなり
鬱蒼と木が生えてると思ったら
そこにまた白い看板があって赤い字で。

「マルミ霊園」って書いてあるのよ。

こりゃ変なところにきちまったわと
引き返して。
また男蛇川だか女蛇川だかの川沿いの道。
今度は違う道を行こうと思って
あえて一方通行を無視してみたのね。

そしたらまた白い看板。
真っ赤な文字で「ここ、通れます」
もちろんそこには入らなかったわよ。
またあえて一方通行を無視して走ると
十字路に出たわ。
すると進行方向すべての道に看板が立ってるのよ。
いつものあの赤い字で、

「ここ、通れます」

怖くなって車をUターンさせたら
またもそこには白い看板。

「ここ、通れます」

通るしかないから通ったわよ。
川沿いの広い道に出たわ。
道なりに走ってゆくと
夜道にぼんやり明かり。
ああ明かりがあると嬉しくて走ってゆくと。
「スミミ霊園」って看板が立っているの。
もちろん白い看板に赤い文字で。

マルミっていうならまだわかるけど
スミミってなによ。

しかたないから友だちんちに電話したわよ。
正直に道に迷ったって。
スミミ霊園っていうところに着いちゃったって。
友だちはなんかわかってるみたいで、
そのまま待っててねって電話を切った。
震えながら待ってると五分もしないうちに友だちが来て。
とりあえず一服しようって変なこと言い出すの。

この子タバコなんて吸ったかしら。
ちょっと不思議に思ったけれど
二人でタバコを一服。
それから地図書いてもらって帰ったの。

そのあと?
あとはなんにもなかったわ。


自由詩 ここ、通れます Copyright 佐々宝砂 2014-02-16 08:52:47
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