髪とちっぽけな独占
くみ

『髪とちっぽけな独占』


「髪、もう伸ばさないのか?」

恋人にそう尋ねてみたのは、折角少し伸ばした綺麗な髪型をもう少しだけ見ていたかったからだ。
恋人の髪はとても柔らかく、艶々としている。自分の髪質はそこまで柔らかくはないのからだろうか少しだけ羨ましくも感じた。
髪を撫でてみると本当に自分の手に絡み付き、馴染んでいる髪は、自分だけのお気に入りだった。校則に縛られていた高校の時とは違い、大学生になって自由を手にしてからの恋人はやけに艶っぽくなった。今の姿も勿論好きなのだが、昔の可愛らしい姿も好きなのだ。
だからこそ迷う。2つ共に自分だけの物にしたいのに、1つに決めなければいけない。何か勿体無い気がした。おもわず残念そうな顔を恋人に向けてしまう。

「でも茶髪とパーマは似合わないって言ってたし……やっぱり切るよ」

確かに可愛らしい姿からいきなり茶髪と伸ばした髪にパーマをかけた時は正直似合わないと思った。コイツのイメージと違うからだ。

「ならパーマだけ取って切るのは少しだけにしろよ」

「なんで?」

「綺麗な髪なのにこれ以上いじくって痛んだら勿体無いだろ?」

自分は興味のない事にはあまり構わないし、話題にも上げない性質だ。でも恋人の髪については重要問題だ。気のない素振りをしながらも口に出すのはやっぱり気になるからだろうと自分で結論付ける。

恋人の髪質もいいが、頭の形も結構良い物を持っている。最近、恋人より小さいと気にしていた身長が少し伸びたから恋人の頭も少し見 下ろす事も出来るようになった。ただし背伸びはしないといけないが……。
この長い髪にまとわり付く髪の毛がまだ愛おしくて離れがたいだけなのだ。また切っても伸ばせばいい事なんだろうがと、どうでもいい事で悩んでしまった。

明日には恋人は迷わず美容院へ行き、パーマを取って少し髪型を変えるだろうと行動をシュミレートしてみる。でもその姿を想像するのはなかなか思い付かないし苦手だ。でもまたあの愛らしい髪型に近い髪型をしてくれるなら明日には新しい姿が見れるだろう。

「髪の毛あんまり短くするなよ?」

「しない」

「しないの?」

「だって指に絡められなくなったら困るでしょ?」

そう言って悪戯そうに笑う表情は何もかもお見通しってところだろうか。ならいいんだ。それならコイツはちゃんと自分が見て嫌な髪型にはしてこないだろうし。

「明日は美容院でちゃんと綺麗にしてくるからね」

「ぁ……うん」

コイツの髪はもう半分自分の物でもあるのだ。その髪を指に絡めていいのは自分だけでいい。どんな些細な変化も見逃さない。でもそれは、恋人には口が裂けても言わないが。
言ってしまったらコイツは調子に乗ってまたあれやこれやと髪を弄るに違いないから。

所詮は子供じみた独占欲、だ。



散文(批評随筆小説等) 髪とちっぽけな独占 Copyright くみ 2013-10-23 21:37:23
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