被災地の犬  
服部 剛

僕が思春期に可愛がっていた
片瀬江ノ島駅に住む、野良猫ニャー子は  
破れた恋に涙を流す学ラン姿の僕に寄り添い  
顔を膝にこすりつけ  
(にゃあ)と優しくひと声、鳴いた  

僕と出逢う前の妻が  
母の介護と仕事に追われていた頃  
病の老犬クロはすくっと立って  
走り出し、家の外の塀から身を捨てて  
体を震わせ、世を去った  

ある作家が戦後まもなく満州から去る時
連れて帰れぬ愛犬クロは二本足を揃えて  
遠ざかる道で、いつまでも見送っていた  

  *  

東日本大震災から2年以上の月日が流れ         
被災地・わんニャン写真展と詩人の朗読を  
皆で分かち合っている今日、無数の犬や猫達が     
私達に呼びかける(わん)と(ニャン)の合唱はひそやかに   
会場内に木霊こだまするのを、私達の心の耳は聴くでしょう  

今日・今・この時も――
被災地の家が流れた更地の犬は   
年老いた主人が更地の向こうから
歩いてくるのを、待っている 
体の透けた二本足を揃えて  







自由詩 被災地の犬   Copyright 服部 剛 2013-09-15 23:25:47
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