ブラームスの海
服部 剛
名曲喫茶ライオンの店内は
五十年前のコンサートが流れ
ブラームスの魂が
地鳴りを立てた、後の
静寂
(
しじま
)
に――
(ごほ…ごほ…)
無名の人の、
堪
(
こら
)
え切れない咳込みは
幾度も、幾度も、ホールに響く
まさか予想しなかっただろう
その人は、自分の咳が
五十年後の名曲喫茶に
ふらり訪れた僕の気に留まるとは
無名の人よ、あなたは
今、何処にいるのか
もしくは風になったのか
僕がコンサートに行って、もし
(ごほ…ごほ…)と咳込んだら
五十年後の誰かも、聞くかもしれぬ
――思い巡らせ瞳を閉じた、暗闇に
いつしか、時を越えて広がってゆく
ブラームスの海
ブラームスの空
ブラームスの夢
波間に輝く
黄金
(
きん
)
の音符等を
絶え間なく、明滅させて
自由詩
ブラームスの海
Copyright
服部 剛
2013-06-21 23:36:14縦