フランダース
salco

フランダースの大
戦後の東京を舞台に繰り広げられる青春冒険小説。深谷浅蔵作。

(あらすじ) 
 新制中学3年生のマサルは、国鉄総裁が轢断死体で見つかるほど自由な世の中になったのに、勉強ぎらいな自分に立身出世信仰の
孝行因果を含める戦争未亡人の母餓ゑかつえにうんざりしていた。
 家を飛び出し街の愚連隊に入った大は、ある夜やくざ相手の喧嘩沙汰でズックが片方脱げた為にひとり逃げ遅れ、捕まって子分
にさせられてしまう。

 脛田組の三下さんしたとしてこき使われて2年、割賦で背中に唐獅子牡丹を入れ、7人抜きで鉄砲玉(死んで結構な構成員)に抜擢され
た大であったが、シマの賭場でイカサマを働き組の看板に泥を塗る、敵対組織の密輸現場から強奪した銃器のアタッシェケースを
夜汽車で置引きされる、出入りで誤射して仲間を病院送りにするなど素行とヘマで詰め指を切らされ、20歳を過ぎた頃には左手
指の第1関節から先をすべて失っていたのだった。
 ハジキに装填もできない身を憐れんだ親分の温情で三下に降格された大であったが、その年の暮れ、正月の買物で大わらわのあね
さんをキャデラックで送迎中、前を横切った幽霊を避けようとハンドルを切って路肩にぶつけ、姐さんにむちうちを負わせて破門
されてしまった。

 三軒茶屋のキャバレー「ラテン・ロス・ムスロス」の用心棒兼ボーイになった大は、ひょんなことからバンタム級ホステス節子
のアパートに転がり込み、案の定仕事を辞め昼間から酒気帯び徘徊しては近所の悪童どもと「目が会った、会わない」、「笑った、
笑わない」、「駄菓子をよこす、よこさない」の悶着を起こし、石つぶてや一斗缶などを投げつけられる今日この頃である。
 そんな一夕、新規開店の花輪に吸い寄せられて入ったトリスバー「フランダース」で、同年代のカタギに対するコンプレックス
から、チロリアンハットに腰てぬぐいの2人連れをカモってやろうと話しかける。彼らが山岳部の大学院生と知るや、いつだか組
の事務所で聞いたラジオドラマの登山家になりすますことにし、自分はアコンカグア登頂と引き換えに眉毛と指を失くしたが、先
月も穂高連峰をチョチョイと縦走して来たところだと豪語するのであった。すると俄然尊崇の念に上気した2人に「ぜひ、前穂高
登攀を計画中の僕らを指導して欲しい」と請われ…。



フランダースの太
21世紀の老境地獄を描く、箱根蕎麦子脚本による社会派ホームドラマ。

(あらすじ)
 妻キヨ子の没後は積年の身勝手といや増す頑迷が祟って子供達から敬遠され、寝たばこで布団を焦がしたのをこれ幸いと有料老人
ホーム「フランダース秩父山系」に入れられた郷田フトシ73歳は、やはり入所者にも敬遠されて無聊をかこつ毎日であった。
 談話室の52型OUQASで私物のVHS「十代の性典」シリーズの若尾丈子を鑑賞しながら乾布摩擦にいそしむ日課も施設の公
平性を損なうと禁止され、何とか家に戻れないかと画策を始める。しかし遺言状作成の威を示しても、個別に不治の病を装い情に訴
えても、父を既なる故人としていたい子供達の反応は冷ややかであった。
 それならと世知に疎い世代に希望をつなぐ太であったが、高校生を頭に7人の孫達にとって、あんな祖父に可愛がられた記憶は気
まずい退屈の原体験に他ならず、お年玉や卒入学祝も常識でしかない。
「おじいちゃんと暮らしてくれたら、月々の年金折半に記念切手コレクション3冊を付けてやろう」
 こんな破格の折衷案にも困惑の沈黙や即切りを返すばかり。

 万策尽きたある朝、太は読んでいた尊經新聞を引き裂くと「この手があったか」と膝を打つ。それは出会い系サイトで未成年を買
春した巡査長の記事であった。
 太の胸に苦い過去がよみがえる。あれは四半世紀前、公用車に車載電話を据えた社長に対する感情移入と、ポケベルに留まる同僚
への見栄から夏のボーナスをはたいて契約したものの、まるでセメントを詰めた飯盒のごときバッテリーの悪辣とも言える小型・軽
量化に伴い瞬く間に姿を消し、尚且つお笑い草となった、それはJTTのショルダーフォンであった…。
 爾来は、「携帯電話なんか2度と持たんぞ」と公言して来た太であったのだ。それが今、若尾丈子つながりで素太バンクとの契
約を決意する。
 「そうですか。パソコンをお持ちでないなら、こちらが何かと便利ですよ。ご年配のお客様にも大変ご好評を頂いております」
 声に催眠効果がある女性店員は、藁にもすがる思いの新規顧客にスマートフォンを勧めたのであった。

 それからというもの使用説明書の解読に幾日を費やし、プロバイダーとは、ブラウザとは、又アプリとは何か、更には有料無料を
問わぬその危険性、アクセサリとの違いとメモリ同様「ー」の省略、アドレスとアカウントの意味合い、キャッシュが現金でないこ
と、クッキーも菓子でないこと、全く不分明なサムネイルとアドオン、ハイパーリンクとクロスサイト、スパムとフィッシング、は
たまたトロイの木馬にファイアーウォールにセキュリティーホール、架空請求にパケット定額……。謎めいたIT用語は意味を調べ
るだけ無限の展開を見せ、掌上の平べったい通信機器がスイッチひとつでインターネットなる機構にひそむ世界中の悪意と繋がって
しまうのだと、予感にも似た不安だけが頭に残り、またもや電話会社に一杯喰わされた思いの太である。
 しかしいつまでも立ち迷っていては現状を打開できない。俺も世界と戦う企業戦士のひとりだったじゃあないか。
 こうして文字入力に疎いのみならず、スクロールにもタップやスワイプの機微にも疎い指で七転八倒の4日後、深夜に16歳の女
子高生・香月りなえから長文の返信が…。


散文(批評随筆小説等) フランダース Copyright salco 2013-05-10 23:36:50
notebook Home 戻る