シャッター
片野晃司

つまりそういうことにしておこうかな)あっちこっちで閉じ忘れた括弧をあつめて閉じて廻ってみたりして)立派なカメラを持ってるくせに何もしないから)こちらからタイミングよく飛び込んでいかなくちゃならない)背景の紫陽花までもが泥を蹴立てて彩りよく飛び込んでいかなきゃならない)レンズをすり抜け、シャッターをすり抜け)肌色みずみずしく紫陽花と一緒に拘束されていなくちゃならない)その間わずか千分の一秒である)被写体としてのわたくし界が襲いかかっていくような)つまりそういうことにしておいて)こっちはいいのにそっちはそんなで)ノートの切れ端に懸想文なんていまどき誰も書きもしないから)文字のほうから意味深に集まってはぴりぴり剥がれてあなたのまぶたのすきまへ飛び込んでいかなくちゃならない)謝らなくていいよって言ってほしいのかな)もうどうでもいいよって言ってほしいのかな)むしろ校庭の隅で復讐ノートなんかが発掘されたらいいんじゃないかな)死ね、死ね、とかね)冷めたのをこすってはあたためなおしたり息を吹きかけたり)料理のほうからはだかになって唇のすきまへ飛び込んでいくような)つまりそういう料理としての話者わたくしが)サラダにはなめくじ、皿にはかたつむりを添えて)雨の中をはだかで採ってきた朝取り野菜なのだから、と思いなさい)ほら、起立。そしてもぐもぐ。もぐもぐしなさい、もっとよく見えるように)雨降りの通学路なのにいつまでも走り出さないから)遅刻したらどうなるのかな、二十年くらい遅刻してみようかな)田んぼから溢れたあまがえるでいっぱいの濡れた道だから走らなきゃならない、目をつぶって)靴底とアスファルトの中間にあまがえるが飛び込んでくる。間隔は半分になり、その中間にあまがえる)また半分になり、あまがえる)半分)半分)半)半)半)半))))そうしてあまがえるたちがあの子の千分の一秒を引き止めているあいだに校舎は建造物からひとりの生徒へと変身しなくちゃならない)つまりひとつの校舎が生徒として犠牲にならなきゃならない)つまりそういうことにしておこうかな)靴下を泥だらけにして校舎が)制服びしょぬれで校舎が)五秒、四秒、傘に隠れたふりをして校舎が)三秒、二秒、全力で閉じようとする校門をすり抜けようとして校舎が)踏みつけたらどうなるかな、踏みつけてみようかな)一、〇、ぐしゃっと音がして校舎が)起立して。もぐもぐして。ちゃんともぐもぐしなさい。もっとそこがよく見えるように)だからそのあたりを撮っても校庭しか写らないのだった)最後にはのどの奥からいわしの骨のひとつでも踊り出なきゃならない)最後には歯のすきまからアスパラの筋の一本でも這い出てこなくちゃならない)なにごともそんな具合に)あっちこっちで閉じ忘れた括弧をあつめて閉じて廻ってみたりして)結局のところそういうことにしておこうかな。



二〇十二年五月 詩誌hotel第二章


自由詩 シャッター Copyright 片野晃司 2013-03-20 07:48:11
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