木箱と旅先の少年 (夢喰植物)
乾 加津也

木箱の扉は
下辺が蝶番で、上からゆっくり開き
外に倒れてスロープになる


岸壁づたいに太い蔦
滑車一本で昇降できる
ロッジ部屋のような
木箱のつくり


+ + +


古いブラウン管の前に並ぶ
野生のように毛皮を巻きつけ
缶を抱えた
利発な少年と順番を待っている
これから
タレント司会者が出題するゲームに挑戦するらしい
司会者はいう
少年の缶の中の石を地面にまいて素手で拾いなさい
わたしはもっていた財布を投げだして両手で小石を掬いあげた
少年はわたしより多くの小石を拾いつつ
わたしの財布も同時に拾い上げて笑ってそれをわたしに渡した
(思い返せば、それは行為的に不自然なことだ)
これを見てテレビの司会者はいう
おめでとう
拾い上げた小石はすべてきみのものだ
満面の笑みで少年は
白く滑らかな小石の数を
先ほどの缶に
ほお張るように詰めこんだ


+ + +


ある市場の人ごみの中で
少年は何かを探している
自分しか知らない
秘密の場所に隠した宝物が思い出せないという
しかしそれはいつものことで
彼の祖母がそれを見つけて回るのだとも
市場の中を
少年はどんどん歩き続ける


+ + +


わたしは窮屈な家具屋に入る
家具はどれも人の背丈の2倍ほどある
家具の良さは
その正面に寝転んで見上げればわかる
すぐに気に入った
とある洋服ダンスの前に寝転び
威厳に満ちたそのたたずまいを見上げる
奇妙なのは最上の観音扉だけこちら側に傾斜していることだ
開けば
左右の扉はそれぞれ斜め下に垂れ下がるだろう
それでもその凛とした風格は
精緻な装飾もあいまってわたしをすっかり魅了した
(そこに少年の姿はない)


+ + +


帰り際
少年の祖母に会う
木箱の昇降管理人の彼女は、わたしについて
この世界に住む資格がある、という
ノートのようなものを取りだした
わたしが名前と住所を書けるように
しかし何度書いても
わたしの名前は鏡字になる
戸惑いに気づくと
大丈夫、それでいい
彼女はノートを引き取った


人のようでもあり
そうでないようでもある
木箱のなかで
揺らめくまばらな客とともにじっとしている
すぐに上昇して、わたしは
元の世界に
おりたつ


自由詩 木箱と旅先の少年 (夢喰植物) Copyright 乾 加津也 2012-11-17 17:28:32縦
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