夢のつづき
服部 剛
19年前にお線香をあげた
尾崎豊さんの実家に行ったら
雨戸と鍵が閉まっており
古い家はひっそりと沈黙していた
「せっかく遠くから来たのにねぇ
ゆたちゃんのお父さんはご高齢で
今はいないみたいなのよ・・・ 」
「僕が思春期の頃に来た時は
力強い握手をしてくれたけど
ずいぶん時も流れましたね・・・」
近所のおばちゃんと話した後
ひと時家を眺める内に
いつしかとっぷり陽も暮れて
人気
(
ひとけ
)
無い道に佇み
玄関のドアを開いた
在りし日の青年を思いながら
懐かしい歌をぼくは、口ずさむ
「シェリー、俺は歌う―愛すべき者全てに」 *
門の前で片膝をつき
閉じた瞳に、涙を潤ませ
あの頃と変わらぬ夢を求め
両手を組み合わせる
さわさわさわ・・・
玄関脇の松の葉が歌い始める夜に
吹き抜ける柔らかな風が
僕のからだを包み
玄関にぼんやりと立つ
まぼろしの青年と、目があった
19年前にこの家の中で
お線香をあげた後
「これ、豊が実家にいた頃渡した短歌だよ」
お父さんが一筆箋に綴って
手渡してくれた言葉
「児よ吾児よ
退きて易きに往くなかれ
思い定めし、道険しとも―」
星空を仰いでは、自由になれた気がしたあの頃
街灯の明かりが、囁いてくれたあの頃
あれから19年の時は流れ
憧れのあなたの
年齢
(
とし
)
を追い越して
少しばかり大人になった僕は
夢の実りとして
自分の書いた本を、家のポストに入れた
ささやかな贈りものが
ポストの中で光を帯びて
まぼろしの青年の手が受け取る
場面を夢見て、両手を重ねる
さわさわさわ・・・
夜の
静寂
(
しじま
)
にひろがってゆく
優しい風の歌声を
背後に聴きながら
僕はふたたび日常への道を歩いていった
*尾崎豊の歌「シェリー」の歌詞より
自由詩
夢のつづき
Copyright
服部 剛
2012-11-16 19:38:44
縦