家族の食卓
角田寿星


おかあさまが わたしをころした
おとうさまは わたしをたべてる

私が悲愴にも似た決意のもと食卓に赴くようになったのは
いつからだろう。かわいそうなグレーテル。父と母と兄の
待つ戦場へ抜けるほそい隧道をひとりランプをかかげて。
照明をおとした食卓に会話はない。テーブルにはおびただ
しい屍が変容を終えてソースの海に漂っている。用意周到
な美辞麗句に私はもう惑わされない。薄い被膜を破ったと
たん赤い漿液がダグダグと溢れるんだ。エプロンを着けて
はじめて母と台所に立った遠い日。裸の腕でつぎつぎと絞
め殺したウサギのにごった瞳。私はテレビをつける。ブー
ンと低くうなる電気音。

おかあさまが わたしをころした
おとうさまは わたしをたべてる

私の真正面 前方1メートルに鎮座まします14インチテレ
ビ。スローモーションで動くピエロたち。私は右手のフォ
ークで皿を弄んで左手で頬杖をついて食べる。行儀わるい?
いいんだ。誰も見てやしないから。父も母も兄もボーリン
グのピンのようなのっぺらぼうになって両腕をだらんと下
ろしている。私はテレビに没頭する。夜の埠頭でトレンチ
コート姿のサングラスの男が低い声で何か呟いているBGM
でセリフがきこえない私は男の唇を読む。(食べ過ぎはい
けません腹八分目がいちばんです)男は銃口を向ける。ひ
びく銃声そして暗転。終劇を盛りあげる安っぽい交響楽。
姿見にうつった粉々にくだけ散る弾痕。私は唇についた真
っ赤なソースで紅をひいて微笑んでみせる。

おかあさまが わたしをころした
おとうさまは わたしをたべてる

私は食べるテレビの光に煌々と横顔をてらされて。ライオ
ンのように牛のように断崖を襲う波濤のように。私は自問
するずっと空腹でいることはいったいどれほどの罪悪なん
だろう?私は食べる時空をも引きよせる白色星のように生
れた時から飢え続けていたから。ごちそうさま。返事はな
い。人形の父。人形の母。人形の兄。みんな腹から詰め物
を出したまま椅子の上で俯いている。私は銀のフォークで
十字を作ってみんなのお墓を建ててあげた。

テレビを消してランプをかかげてゆっくりとドアを閉める。
みんな おやすみ。


自由詩 家族の食卓 Copyright 角田寿星 2004-12-15 23:38:10
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