盃の音ー蕎麦屋・吾平にてー 
服部 剛

いつか何処かで――  
あなたに逢った気がする 

あなたのお母さんと 
歌に生涯を捧げたあなたの思い出を 
初めて語り合った日の夜 

生前のあなたも来たという 
故郷・朝霞にある 
蕎麦屋・吾平の座敷にて   
向かいの空席に 
あなたの好きな熱燗を手酌した 
お猪口ちょこを置いて 

互いの盃を交わす音が響いた時 
体が透きとおっている 
あなたの瞳の光が、視えたのです 

(友よ、今宵は腹を割り 
 互いの夢を語らおう――) 

(仮退院で過ごした最後の日々 
 夕暮れの散歩でからだに風を受け 
 生きるって素晴らしい・・・と思ったの) 

僕はこれから 
日々の場面をじっと透視する者となり 
風の姿で唄うあなたの想いを、あらわそう 

瞳を閉じれば、あの日――  
観客席の暗闇で、息を呑み 
無数の人が待つ方へ

自らの鼓動と重なる靴の音が響く 
細い通路の空間に 
あの舞台が見えてくる 








自由詩 盃の音ー蕎麦屋・吾平にてー  Copyright 服部 剛 2012-10-08 23:47:41
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