貯金の音 
服部 剛

茅ヶ崎駅近くのライブハウスにて 
カウンターに並んで座った 
詩友の欣(きん)ちゃんは、店員の女の子に話しかけた 

「名前、なんてゆうの?」 
「かれんです、名前負けしてるんですぅ」 

その時、私は 
酒を3口で火照った頬のまま 
瞳をきりっと前に向け 
2人の会話に割って、入った 

「人は名前に向かってゆくのです」 

「おぉ」 
「おぉ」 

「詩人だねぇ・・・」 
「いやいや・・・」 

その数分後、私は 
入場料1500円で1ドリンクの 
チケットを渡し忘れて 
650円のピーチカクテルの御代をすでに 
払ってしまったことに気づいたのだった 

(うおぉ) 

決して、決して、声には出せず 
私は心の中でのみ、叫んだ 

つい先ほど名言を呟いた、この私が 
まさか後からドリンクチケットを渡し 
お金を返してもらうことなど・・・ 
いつもならするが 
ちょっと粋な会話をしたゆえに 
できぬ、断じてできぬ 

ライブはもはや佳境に入り 
金髪のマスターがギターを抱え 
お気に入りのエルビス・コステロを歌う頃―― 

私は詩友の欣ちゃんと店員のかれんちゃんに 
「今日はちょっと早めに――」とさりげなく言い残し 
マスターのコステロをBGMに 
錆びれた味わいの階段を下りてゆくのであった 

(650円を貯金したのだ・・・) 
繰り返し繰り返し、言い聞かせる  

  ちゃりーん 

秘密の貯金箱の底に 
650円の小銭等が  
落ちる音を、いめーじしながら 

ひきさかれそうな心のままに 
夜の茅ヶ崎駅へと、私は歩くのだった 








自由詩 貯金の音  Copyright 服部 剛 2012-08-22 21:10:36縦
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