おかしな人
岡部淳太郎

私はもうすっかり
おかしな人になって
それからずいぶんになる
何しろいろいろあったり
あるいはなかったりしたのだから
無理もない
夜中に煙草が切れた
もういまやこれだけで
おかしな人と認められるには充分だ
そんな時代になってしまった
いまや大きすぎる権力から
職務質問を受けるのにも
すっかり慣れてしまった
それぐらいに私はおかしい
あまりにおかしすぎて
冗談ではないかと思って
笑いだしたくなるぐらいだ
だがそうしてしまうとますます
おかしな人になってしまうので
笑いをむりやり欠伸に変えて
ごまかすことにする
それもまた
おかしなことだ
おかしな人と思われ
指をさされて生きるのは
当たり前のことになっているのに
なにをいまさら
気にする必要があるのか
それでも眠れない夜に
呼吸以外の気体を吸いこみ
吐きだすことができないのは淋しいから
覚悟を決めて外に出る
深夜の自動販売機は煌々とあかりがともり
まるで他人のような雰囲気だ
それもまた
たまらなくおかしなことだ
やっと煙草を買って
何とか質問されずに済んだなと思い
空を見上げる
そういえばいまもこの空を
あいつらの燃えて塵となった
身体が漂っているのかもしれないのだなと思って
ためいきをつく
俺がこんなにも
おかしくなっちまったのは
俺を置いて死んでしまった
あなたたちのせいで
あるのかもしれないんだ
そうつぶやきたい
気持ちをこらえて
おかしな人は
はじめから
おわりまで
おかしいのだと
思いなおす
思いなおして
歩いてゆく
するとどうしたことか
おかしなことに
泣きたくなる気持ちが
こみあげてきた
それに気づいてやっと私は
はじめての笑みをもらした
そのような
人のような感情が
自分にまだ残っていたことが
たまらなくおかしかったのだ



(二〇一二年五月)


自由詩 おかしな人 Copyright 岡部淳太郎 2012-05-14 22:08:12
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