禁煙宣言しようかな宣言
風呂奴

 鍋に汲まれた大きめの水が、ふつふつするのを待つため、また煙草を吸う。そのあとで麺が茹で上がるのを待つから、また煙草を吸う。台所を出たり入ったり、むしろ煙草のためのパスタじゃないか!、なんて思ったフリをしながら、レトルトのミートソースをもう一方の鍋に入れ、温まるのを待つから、また煙草を吸った。



「茹で上がるまで」

茹で上がるまで
煙草に代打なんか出せやしない 
本を読むには短かすぎる
バイトのシフトは考えたくもない
歌なんか口ずさんだら麺がのびる
夕暮れ時、いつもの定位置に高々と落ち着く明星
について思いつめても
すぐに渋い顔して、煙草に火を点けてるに違いない
「煙草やめたいから、早く茹で上がれよ麺!」
なんて理不尽な台詞だけが
毎日のように、沸騰しながら 
なのに決して蒸発しないお湯のように
生活から湧き出てしまった

こんな生活、茹で上がってしまえ!



空いた皿は、ミートソースにまみれている。
フォークですくって舐めてみると、冷たい酸味にうんざりする。
誰にも覗かれない真夜中の茶の間、古い映画を観ながらの食後の一服は、茶の間の主人をおおいに気取らせる。
映画の主人公だって、煙草を吸っている。
寝床についた祖父もまた、煙草を吸っていた。
大学で神学を教えている教授に、大学の喫煙所でばったり出会したこともあった。
という話をしてくれた兄も 今頃はベランダで煙草を吸っている。
イギリスのミュージシャンは、インタビュー中にだって吸っている。
どうして煙草を吸うのかな、と考えながら吸っている。
映画はもう終わっていて、煙草を吸う人生は続いている。


 麺が茹で上がるのを待つために煙草を吸っていたように、出来事の始まりと終わりを待つために吸っていた。マクドナルドのセットメニューを食べ終わる彼を待つために吸っていたし、スタジオの休憩所でバンド仲間を待つためにも吸っていた。約束のデートに遅れた貴女を待つために吸っていたこともあるし、バスターミナルでバスの到着を待っている時、帰省する親類と旧友の送迎をする乗用車の中、開演前の演芸場の外、2杯目のジントニックが運ばれてくるまでの空白、日の出前の夜更かし、煙草を吸うのは待っているからなんだよ!


 じゃ、今は何を待って吸ってるのかって?


 退屈と加齢の終焉、そして何も待たなくて済む瞬間の到来を、だよ!


自由詩 禁煙宣言しようかな宣言 Copyright 風呂奴 2012-04-22 15:45:57
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