「バイクと少年」
ベンジャミン
中学生の頃、僕は「不良グループ」と呼ばれる集団の中にいた。
でも学校ではまったく逆で、成績もまぁまぁ良かったし、友達や先生から「何であんなやつらと一緒にいるんだ?」って、「抜け出せないなら助けるよ」とか良く言われたものものだった。
(違うんだよ 僕はただ・・・)
そう、僕はただバイクが好きで、不良と呼ばれる彼らもまたバイクが好きだったんだ。そりゃぁ悪いこともしてたけど、バイクをころがしているときの僕たちはとても純粋で、だから「天使」なんて名前をつけて走り回っていた。
僕はバイクの構造や乗り方なんて知らなかったから必至になって覚えたよ。そうやって僕が最初に手に入れたのは道端に放置されていた盗難車だった。
そうなんだ、僕はこいつらを動かしたかったんだ。動くためのエンジンも走るためのタイヤもついているのに、こいつらは自分の力だけじゃ起き上がることもできない。誰かに盗まれて、誰かに捨てられて、あとは誰にも気づかれずに腐り果ててゆく。そんな運命なんて可愛そうじゃないか。
(まるで線上を歩く自分のようさ・・・)
2スト・2発・250cc・RGV 通称ウルフと呼ばれるそいつは、まだ生まれたての赤ん坊のように、息ができるのか不安なくらいの姿で横たわっていた。キレイな濃紺のメタリック、流線型のボディー、僕は学校から帰ると毎日会いに行った。毎日、毎日・・・
そしてついに、そいつは自分で息を吹き返したみたいに、力強く、そしてけたたましく吠えたんだ。
(ウルフって言うんだろ?僕と走ろう!)
そいつは僕の世界をくつがえしてくれた。最高速度180kmのスピード領域は、すべてのものを歪ませて、まるでいろんな色がとけ合わさったような、僕自身までとろけて融合されたような一つの世界に連れて行ってくれた。
海岸通りの弾丸ストレート、遮るものなんて何も無い自由。ストリートエンジェルは僕のことだと叫んでいるのに、自分の声なんて聞こえやしない。「それって悔しいけど最高の気分なんだぜ!」
でも・・・ 楽しい日々は長くは続かなかった。
ある日突然、そいつは奇妙な金属音をあげて僕を振り落としたんだ。頭の中が真っ白になって、慌ててかけよったそいつはもう動こうとはしなかった。キックレバーを何度も蹴ったけど回らない、押しがけしようとしてもタイヤが回らない。エンジンが駄目になったんだ。
(お願いだから また息をしてよ・・・)
ギアを空転させて、僕は泣きながらそいつと歩いた。なんとか海まで連れて行ってやりたかったけど、それは無理だと分かっていた。
「ここがお前のお墓だよ」
林の中の小さなすきまに押し込んで、キレイなボディーを撫でながら、僕は一つ一つのパーツを触ってその感触を忘れないように刻み込んだ。
(疲れたんだろ?もう誰もおこさないからね・・・)
それから15年、今僕は小さなバイクにまたがっている。
4スト・単発・85ccの改造車は、この間まで眠っていた。長い時間をかけてボロボロになっていった僕のように。
でも今は、ちゃんと動くんだ。無理のきかないエンジンは、まるで僕とそっくりだけど、少しの風であおられるのも、やっぱり僕みたいだけど、僕をその背中に乗せて運んでくれる。流れる世界なんて無理だけど、今の僕には調度いい。ゆっくり景色をながめながら、のんびりと行こうじゃないか。
(お前は僕をおいていかないよね・・・)
あの頃の少年はもういない。けれど自由な僕はまだここにいる。ストリートエンジェルは僕のことだと叫んだら、聞こえてしまいそうで恥ずかしいから言わないよ。
お前は「ボボッ ボボッ」としか言わないけど、また動けるようになって嬉しいのは、全身で感じられるんだ。
さぁ 行こうか! 毎日天気だったら最高なのにね。
あぁ わかってるよ。
「ゆっくり行こう」って言いたいんだろ?
(完)