弱ってるひとは いません?
松岡宮

最初はとても おおらかな声だった
弱ってるひとは いません?
その声に微量 差し挟まれる毒性に
その時 気づいていればよかった

きれいな服を着たひとが きれいな言葉の杖を振る
弱ってるひとは いません?
真昼の空に浮かぶ淡い三日月
臭いスープが体中にしみわたる

傷あとが残ってしまうね

包帯が巻かれた
いちど 猛獣を飼ってみたかったと そのひとはいった
温和な顔でエプロンを結んで
わあ♪ 
図鑑で観たとおりだ♪
弱ってる猛獣ってなんて素敵なのかしら♪
そして与えるひとは服を脱ぐ 
形のわるい乳房が ぷらん と 落ちる

弱ってるひと 見つけた もう 離さない この さくらんぼに 吸い付きなさい いいのよ いいの わたしなら 痩せていいの あなたのためだから 吸われていいの 吸って 吸って 栄養 あげたい 聞こえる? 弱ってるひとよ この声が 聞こえる? これまでどんな厳しい森のなかにいたのかしら 弱ったひと これからはもう 大安心 いつでも この 乳房を あげる それから 美味しいもの みんな みんな

思えば
そのひとも弱ってるひとだった
弱ってるひとが声をあげる 弱ってるひとが探し回る 弱ってるひとは いません?

もういちど書く
弱ってるひとが声をあげる 弱ってるひとが探し回る 弱ってるひとは いません?


ああ ぶかっこうだけど わたしの乳首でいいのなら 吸わせて あげたい こんな黒乳首でも 誰かの役にたてるのなら と 夜な夜な 訪れては べったりとした そのひとの手 この身に 鳥肌を 立てる

だけどあの日のあのスープは 美味しかった
臭かったけど 美味しかった
そのひとが身を粉にして作ったスープだった
わかってる

天球儀が規則正しく廻る
森が育ち 雪が解け 水がぽたりと音を出す
弱ってるひと いません?
弱ってるひと 美味しい だから
あげたい あげたい なにもないわたしだけど あげたい
ええ 大丈夫
美味しい 差し出すときに 受け取るのですから
美味しい 差し出すことが 受け取ることですから
弱ってるひと いません?
実はね 涙味のスープを作るための大なべを 買ってしまったの

いつから この屋根の下
窓から森と崖のラインが見えた
漆黒の空にくっきりと満月が見えた
かつて足跡をつけた赤土の野原の方向は もうわからなくなってしまった
わからないでしょう わからなくしているのですから
臭いスープが毎食毎食出てくる はずなのに
なぜ いつから 
この身はすでに食べつくされてしまった
自分が美味しいスープを食べていたように思っていたが
この身はすでに食べつくされていた
毒素だ
毒素が
身体にしみこんでしまった
そうよあなたは わたしなしで 生きられる?
包帯を巻かれたわが身をよくよく見れば
胸のあたりには皮膚がなかった
鳥籠のような肋骨が表面に出てしまっていた
そうよあなたは わたしなしで 生きられる?
丸々と育ったひとの金属のような響きの声が
窓を閉めきる
弱ってる猛獣は ずっと弱ってる猛獣で いなさい
ほら スープ 持ってきたの 
ほんとうにダメな猛獣ね もう わたしのスープしか 飲めないのだから 
差し出されたものを食べているだけで おかげで半分くらい身体が死んだ
針のような月の埋まった広い森へと戻りたい
だが
もう立てない


自由詩 弱ってるひとは いません? Copyright 松岡宮 2012-02-14 23:55:48
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