シカエルボク
ホロウ・シカエルボク





猛毒、を
飲みほして
喀血の
真赤な床は
まだらで
まだ誰の
足跡もなく
そのとき


フリー・ウェイで疾走するスーパー・カーが
一頭の雌鹿を跳ね飛ばしたんだ
20キロ程度のダイナマイトなハニー
ぼくの部屋の窓を突き破って断末魔の声も無く
角の先端はぼくの
太股の10センチ中あたり


そして温暖化問題で発狂した蛙が
一面の血の海に卵を産みつけて
赤い卵がきらきら
えぐり出した目玉のように
きらきら
きらきら


そこから生まれたのは
蛙と鹿と
ぼくとの
ハイブリッド
かたちが鹿で
性能が蛙で
思考が
ぼくだった
大変だ、と
ぼくは思った
だけど
動けなかった


シカエルボク(仮名)は
ぼくの毒を吸い出したあと
深く腰を沈めて
ぴょーん、と
跳ねあがり
窓から外へ飛び出して行った
窓がこのまんまだと風邪を引いちまうな、と
ぼくは思った
だけど
動けなかった


シカエルボクは
それから四日間かけて
自分の前身であった
鹿を
跳ねた車を探し出し
エンジンを潰し
運転手を引きずり出して
肛門に爆竹を詰めて
処分した


それから
帰ってきて部屋を掃除し
ぼくを医者に連れて行って
カーペットを張り替えて(ぼくは内装の仕事をしていたのだ)
業者を呼んでガラスを変えさせ
ぼくの家は以前と同じ状態になった
退院の時には迎えに来てくれた
背中に
ハーマンミラーの椅子を乗っけて
「この椅子が一番ぼくの跳躍の振動を感じさせないのですよおとうたま」と
解説をしてくれた
確かに振動は感じなかったけど
ただ
酔った
しこたま酔った


シカエルボクは珍しい生き物なので
メディアがほっとかなかった
シカエルボクはベニーニなみの
気の聞いたトークも出来たので
そのうち司会の仕事を多くこなすようになった
「鹿だろ?蛙だろ?人だろ?もし病気になったら何医にかかればいいのかわからないんだ!」が
テッパンのフレーズだった
でもシカエルボクは病気なんかしなかった
ぼくの血に毒が混じっていたせいかもしれない


ただ、性能が蛙なので
長生きは出来なかった
「点滴なんか打っても仕方ないんだけど」
総合病院のVIPルームで
シカエルボクはぼくにこう言った
「でも、みんなが自分の為にしてくれてることだから」
それから
悲しそうにこう言った
「ごめんね、もうおとうたまを守れない」
そうして
シカエルボクは死んだ
シカエルボクは死んでしまうと
ほとんどがぬるっとした水になった
シカエルボクは自分の死後は身体を研究材料に提供する意向だったが
この有様ではどうしようもなかった


いま
ぼくは
シカエルボクが残した
ウェスト・コーストにありそうな豪邸のバルコニーで
一頭の鹿と
一匹の蛙と
ともに
暮らしている
シカエルボクよ
きみは
死んでない







そうだよね?






自由詩 シカエルボク Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-01-02 14:55:30
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