これは懺悔ではない。
安樹

産まれてこないほうがその者のためによかったならば、なぜ私は産まれてきてしまったのでしょうか。

私の罪は消えません。

私は見知らぬ子を傷付けました。
ああ、それは紛れもなくその子の勘違いなのです。
私が空に放った罵言を、彼は純粋ゆえに空に言葉を放つ阿呆あほうなど知りませんでしたから、彼はそれを自らに放たれた言葉として受け取ったのです。
ああ、それはあなたの勘違いです。違うんです。

私は見知らぬ老婦を傷付けました。
ああ、それはどうしても避けられぬ出来事だったのです。
塀のそびえる曲がり角で、私は彼女を轢きました。
ああ、笑顔で許さないでください。
ああでも、怒って罵ったりもしないでください。
何にしても、私があなたを傷付けた事実は変わらないのですから。
でも。ああでも、見えなかったのです。
あの忌々しい塀に阻まれ、私にはあなたが見えなかったのです。

だから、と申しましたところで、なにもないのですが。

ああ、どうか聴いてください。私の罪を全て観てください。

私は祖父を忘れました。
私は祖母から金をせびりました。
私は兄に狂おしいまでの愛憎を抱きました。
そして私は母の期待を、信頼を、愛を、その全てを裏切って生きているのです。

あああ、私は何をしているのでしょうか。
こんな事をここ記して、いったい何になるのでしょうか。

ああそうだ。私はこうして自らの罪を晒す事により、自らを罰そうとしているのです。
罪には罰が必要なのです。罰それこそが赦しなのです。
しかしこれまで私を罰してくださる方がどなたかいらしたでしょうか。
いいえ、みな私を蝶よ花よと、いえ、腫れ物に触るように扱い、罰するなどという事をしてはくれなかった。
だから私はいつまで経っても赦されないのです。
ああ、ここでまたひとつ、私は他人のせいにするという罪を犯しました。

私の胸にぽっかりと空いた穴は、罪という暗く深い穴はどうしたら埋まるのでしょうか。
ああ、ああ、世の中私だけが罪人なのです。そんな気になります。私はそれが苦しいのです。

誰かがなにげない一言で私を傷つければいいのに。
誰かがうっかり私を死なない程度に撥ねればいいのに。
誰かが私を忘れてしまえばいいのに。
誰かが私から金を奪いとればいいのに。
誰かが私に愛憎を抱けばいいのに。
誰かが私の全てを裏切ればいいのに。

そうして私と同じ十字架を誰かが背負えばいいとさえ思います。いわば罪の擦り付けなすりつけです。
ああしかし、その全てが叶ったとして、決して私は赦されないし、満たされないのです。
いっそ首を括りましょうか。しかしそんな事をしたら、私の罪はますます重くなるだけです。

もう、もう何も分からなくなりました。
母が仕事から帰ってきます。
その前に、私はこの不毛なひとりごとを締め括ろうと思います。


自由詩 これは懺悔ではない。 Copyright 安樹 2011-11-12 17:28:31
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