あくまでもシャープ
佐々宝砂

わたしがシャープと言えば
きみはフラットと言う

いつだってそういうことになっている。

わたしはあがり調子の躁状態で
うきうきとよく冷えたビールをあおる
きみはどん底に停滞して
苦虫かみつぶして生温い珈琲をすする
ああ今日もおてんとさんは腐敗する大地をあたたかく肥やし
そんなこととは無関係に洞窟のバクテリアは硫酸を生産し
広がりゆく宇宙はまだまだきらびやかに幸福な不均一
この驚くべきシアワセを満喫するわたしは
わざとらしく口の端をつりあげて
隠し味にフラットを入れた
Cメジャーセブンスのコードを響かせる
きみは不機嫌きわまりない顔で
あかるい窓辺に這う蝿を憎々しげに見つめ
きみをわずか慰める旋律に
そうたとえばシとミとラとレとソにフラットのついた
変ロ短調の重々しくも陰鬱な旋律に
耳を傾けていて
わたしのささやかなフラットになどまるで気付かない
そうそんなことには気付かぬがよいのだ
わたしはかろやかにステップを踏み
ほんの出来心できみの足を踏もうとして
やっとのことで思いとどまる

踏んづけたりしたらどんなことになるか
平手打ちを喰らわしたらどういうことになるか
ましてグーで殴りつけたらどんな恐ろしいことが起きるか

もちろんそんなことやるべきじゃない。

なぜなら宇宙はできるだけ長いこと
不均等を保つべきであるから
それが人類のために最もよいことであるから

そうほんのすこしの反転もやるべきじゃない。

この世がもしも平均律なら
半音下げたフラットと半音上げたシャープは
同じ音を響かせているのではないか と
そうつまりきみとわたしは実は同じ種類のイキモノなのではないか と
わたしは思いこいねがう
きみが決して知ることのない衷心から
わたしは決して、
いや。
わたしはいつもあからさまに心を告げる。

わたしときみは見事なまでに濁り澱み唸り決して和せず
わたしはあくまでもシャープな態度で
シャープを盛大に六つもぶらさげた嬰ヘ長調を高らかに歌い上げる
そうつまりは煮え切らないきみに向かって
断固とした口調できっぱりはっきりと
複雑怪奇なこの混沌を
さらけ出し
預け渡し

だってわたしはきみを愛している。

わたしがシャープと言えば
きみはフラットと言う


自由詩 あくまでもシャープ Copyright 佐々宝砂 2011-05-15 01:05:17
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