詩腫
アンテ

                         1時 @ハト通信

緊急オペです
二十九歳 女性
脳内に長さ四センチの詩腫あり
個体から感情と過去を吸い取って
意識を封鎖して
外へ出れなくしています

叫んでも届かない
そう思っていた

知らなかった
わたしが声を発してすらいなかったなんて

ああ それは典型的な詩腫の症状です
周囲に対する現実感の欠落
意志疎通不全
感情を言葉で処理する能力
できるだけ早く摘出した方がよいでしょう
今日は取りあえず鎮静剤を出しておきます
これを飲むと
一時的ですが気持ちや五感がもどります

こんなに泣き叫んで
可哀想なわたし

どうしようもなくなるたび
くしゃっ
押し潰して
なかったことにした

――瞳孔反応がありません
初期的な防衛本能の典型的な症状だ
――心停止しました
意識が肉体と分断しているから蘇生させれば問題ない
――脳波がありません
よく見ておきなさいこれが意識の殻化だ

回廊
というそうだ
とても長い廊下にわたしひとり

タマゴ
というそうだ
白い閉じた世界にわたしひとり

もう大丈夫です
詩腫はきれいに摘出しました
転移の心配はないでしょう
無理に感じようとしてはいけませんよ
一番大切なのは
言葉で理解しないことです

小さなビンに詰めてもらった詩腫
どこかで見たことがある

でもどこだっただろう

どこだっただろう


未詩・独白 詩腫 Copyright アンテ 2003-06-14 01:06:03
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