黄昏
岡部淳太郎

空が開かれていた間に
あつまっていた光が
散り散りになろうとすると
向こう側で何かがゆっくりと閉じ始める
地平線の近くで
やわらかく昏いものが
せいいっぱいに手を伸ばそうとしている
その中でばらばらになった光は
ひとつひとつの粒々になってまで
まだ必死に輝こうとしていて
その色を白から
赤に近いところまで変化させる
みんなこうして
あつまっていたはずだった
それがいまではこんなにも
頼りなく弱々しく
消え入りそうになっている
それらがほんとうに消えて
山や海や塔の向こうに沈みきってしまうと
空はふたたび
今度は昏さのために開き始める
光のその明るさのために
開いていたものが
そのように開くと
地上では人々のひとりずつの
孤独な胸の中で何かが押され
それでみんな
またひとつのものが終ったことを知るのだ
そして消えてしまった光の
粒々はいつの間にか
人々のひとりずつの
孤独な手の中に握られている
それらがあふれて
それらで空が満ちていた時には
気づかずにいたものが
わずかずつ人々の中にある
あまりにも眩しく輝くものは
それが弱く小さくなった時に
はじめて見つけられる
空が開かれていた時に
あつまっていた光
私たちもそうして
あつまっていたはずだった
それがいまではこんなにも
ひとりでいる
昏さの中でたがいが
わからなくなっているから
私たちはそれぞれに
名前をたずね合う
小さな粒々のようなひとりを
胸の中で握りしめる

(註)夕暮れ時を表す「黄昏」という言葉は、日が落ちかかって暗くなり、道行く人の顔がわからなくなって、「誰そ彼」と言い合ったことを語源にしているとの由(三省堂『新明解国語辞典』より)。



(二〇一〇年十一月)


自由詩 黄昏 Copyright 岡部淳太郎 2010-11-20 06:57:03
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