シンダーガールの目覚め
唯浮

主の居ない壊れかけの蜘蛛の巣に
わざわざかかった薄茶の蛾
そこに光でも見えたのかい
でも人工的なものなんだよ

ごらん、あれが唯一のものだ

電線が張り巡らす中
四角い結界にみっしりと
埋まっている
斜に傾いた半月

ごらん、あれが無二のものだ

かかるべきは此方と彼方
吸い寄せられて見失わず

視線が邪魔だったか
悲しい束縛にホームのイスが
無人を告げても時遅し

来るべき時に来た列車と
自分の信じた安全圏
境目がぱっくり開けた黒い口

よく言われていたっけな
幼い頃から野良猫に

落ちるなよ
 足を踏み外すな
  よく足元を見よ

この目玉の奥の部屋に
しっかりへばり付いていたけれど

嗚呼、落ちてゆきました
幻想即興曲を弾いた時の靴
片割れだけが吸い込まれて

上やら下やらへの 疑問符を押し込めた鞄
ネクタイの長さを 気にしている中年男

適齢期が埋もれている 洗濯物の制服の皺
汗ばんだ腋の下を 気にしている若い女

其れ等が押し込められた中に
自身も押し込められて
残った靴で裸の足を
そっと後ろに隠す

誰彼も己のみが唯一無二と
醸し出された違和感やら
全くもって見えないらしい

そんな彼等に只今
瞳に映っているであろう光は
人工的か否か

列車は明るく照らしてゆく
海苔のような田んぼの群れ

そうだ、これがありふれた風景だ

黒地に灰色の縞々模様
混沌としていて悠然としている
未だ足を守っている靴

忘れようとするだろう
捨てられる運命ならば
境目に取り残された靴

そうだ、これがありふれた日常だ

踵を返すまでもない
非日常に逆行したり
抵抗して揺れている贅肉たち

そうか、それらは予期せぬ現実か

朝焼けの中ですぐに見つかった
孤高に限りなく
確信に到った自身で

片割れの靴、ぽつんと
毅然と変わり果てて
野良犬にも見捨てられていて

安全圏の舞台から飛び降りる
風の青色と見守るレンガ
一緒になって胸に抱き上げて

美しい靴を黄色い線の内側に
そっと儀式的に置いて
履いてみるずたぼろの靴

そうして
嗚呼、漸くの事
私は唯一無二
隅々まで満足した


自由詩 シンダーガールの目覚め Copyright 唯浮 2010-10-01 15:33:43縦
notebook Home 戻る  過去 未来