鞴のオルガン
プル式

半音の半分くらいズレていたと思う
そのオルガンを初めて見たとき
音の鳴らし方が分からなかった
ようやっと曲が弾ける様になった頃
引越した先にオルガンは無かった

あれは楽しい音だった
未だに記憶の中でファフファフと鳴る
前後運動の様にペダルを踏む弟
真似して踊る僕と影
それは間違いなく幸せの形

滲み出した汗の様な日常は塩っぱくも
布団に逃げ込む頃にはいつだってわらえた
影は夜の中で呼吸が出来ないから
だからそこにあるのは光り
僕は安心して夜に踊る
耳にはオルガンが聞こえている
クルクルと回りながら高らかに大声で歌う

僕は目を覚ます
痙攣の後の様に力の入らない脚と
既に水気が消えて粘る汗
全てを吸い込んだのだろう
布団に手をやるとジワっと影を吐き出した

僕は不快感を抱えて再び眠る
吐き出した影を体に吸い込む事で
カラカラの渇きが満たされて行く
そしてもう一度
何十年も繰り返される夢を見る

僕はクルクルと回りながら大声で歌う
汗と影と光りと夜の中で呼吸が出来ない
汗だくになりながら目が覚めると
時計は昼をさしている
窓の外からは幼稚園のオルガンが聞こえている

体の節が錆び付いた様に音を立てる
流しまで這いずる様に進み水も飲まず持たれかかる
虚ろに見上げる電灯には外の光が映る
ぼんやりとその影を眺めながら
置き去られたオルガンの事を考える
鳴らない一音をの事を考える

昔家には鞴のオルガンがあった
丸く柔らかな音のするオルガンだった
季節はいつでも初夏で
僕らはいつだって楽しそうだった
そこには確かに幸せがあった。


自由詩 鞴のオルガン Copyright プル式 2010-09-09 10:41:21
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