追いかける声
乾 加津也

もう見慣れたものさ
のんだくれの青空ベッドなんて

誰も起こしたりしないよ
シャツの下ボタン肌けて仰向けに
観音菩薩の表情(かお)はいまも石川さゆりの膝枕なんだろうけど
酒やけで毛穴全開サボテンのような無精ひげが痛いよ

  中学生のボクは登校中に呼び止められた
  「おじさん帰るバス代がないんだけどくれないか」
  こずかい千円すべて渡してあげたのに 一言
  「そう、・・・いいことしたね」と母にほめられただけ

ここじゃ誰も起こしたりしないよ
ネオンと客引き さびれた夜の盛り場だからね
飲み屋の壁は薄黄色 縦じま模様の通りだもんね
いまは通勤自転車で毎朝通るだけ
ボクはオトナになったんだ
あなたと同じ世知辛い世の中ってことばもね

どんなに階段降りてったって
なにも始まりはしないんだよ
どこから見てもあなたには
パトラッシュと一緒に少年ネロを囲んでたたえる
天使たちもいないよ
ビルの谷間の筋交い通りは階級ネコらのテリトリ
縄張りだってあるんだよ
社会は雨よりしみこんで
あなたは自分で背を向けたんだ

朝日であたりがぬくみはじめて
今日も肌着をあたらしくする頃
ボクは風をつくって走ってた
でも それから少しだけブレーキを効かせたのは
そんなあなたからの声が
聞こえたような気がしたから

  傷つけ青年
  めいっぱい傷だらけの生き恥もって
  こんなオレにも見せてみろ!って
  いままで聞いたこともないくらい
  太くやさしい大地の声で追いかけてきて
  なんか しかられてるような気がしたものだから

だからいつか
(憶えていてくれてたらでいいけど)
あの日の千円かえしてよ
ずいぶんたったから利子もつくけど
かっこわるくて汗臭い
武勇伝でもいいとおもうよ


自由詩 追いかける声 Copyright 乾 加津也 2010-08-28 15:42:58
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