深海魚(グロテスク)
甘雨

わたし、を閉じ込めた包み紙がべたべたする悪夢を
かなでる色彩の
調律に
まどった

はじめに黒を描いたのは
いちいち死んでいく感情のモノクロームを撫ぜるため、
であって
硬質のうみの底のかなしみに塗りこめられるため、
ではなかった

(白い骨をあつめたちいさくつめたいベッドで)
(くりかえし終のゆめをみながら)
(きみに)
(抱かれたがっている)

つぎに赤を描いたのは
いちいち殺される欲望の鮮烈をとむらう儀式、
であって
硬質のうみの底にしずめた自我のほてりを揺り起こすため、
ではなかった

(だれもゆびがべたべたするのはきらいだから)
(わたし、を閉じ込めた包み紙がべたべたする悪夢に)
(だれも触れたがりはしない)
(錘もなしに深海へと沈んだわたしを褒めてください)

ふしだらなかなしみと
はてのない欲望のあいだにうまれたわたしにできること

明滅する鱗のすべての孤独を舐めとれ
砕かれてゆくアバラの悲愴の爆音に狂え
眼球の抉りとられる快楽になのりをあげろ
白化した珊瑚のさいごの吐息を綴れ
とどかぬ光の妄想でマスターベーションをしろ

そうしてくりかえされる
欲望による欲望のための欲望の生成
欲望のべたつく尾ひれをひいた
わたしは、深海魚

さいごに白を描いたのは
ホワイトアウトしてゆく自我のさいごの軋みのような
祈り、であって
欲深いかなしみの果ての静寂を美化するため、
ではなかった

(グロテスクより美しい真実はこの世にはない)
(グロテスクよりかなしい真実はこの世にはない)

そうしてくりかえされる
ふしだらなかなしみと
はてのない欲望のあいだにうみおとされた
わたしは、深海魚





-第五回「文芸思潮」現代詩賞奨励賞-


自由詩 深海魚(グロテスク) Copyright 甘雨 2010-03-07 11:42:51
notebook Home 戻る  過去 未来