ユウコトイサオ
ブライアン

僕の姉の名前はアンドウユウコだ。
小さい頃、地元のニュースキャスターにアンドウイサオ、という僕と同じ名前のキャスターがいた。
当然、姉はアンドウユウコ、僕はアンドウイサオで、どっちがより有名かを競った。そして、アンドウイサオが勝った。アンドウイサオは、アンドウユウコと違って、一日何度もテレビに映っていた。僕は誇らしかった。

中学校くらいの時だろうか。
フジテレビ系列のチャンネルが増えた。
その頃から、全国ネットという存在をうっすらと感じ始めた。

一部の地域を除いて、の字幕。
必ず、一部の地域、に入る僕の家。

人よりも成長は遅かったと思う。
中学校に入っても、一部の地域、の存在意義があまり理解できなかった。

けれど、アンドウユウコは、アンドウイサオよりも有名であることが、次第に明らかになっていった。そして、一部の地域、でアンドウイサオが存在していることが判明した。

一方、わがアンドウ家のアンドウユウコは、
「安藤裕子」の繊細さも、「安藤優子」の緻密さも持ち合わせていない。
鈍感かつ大雑把。

彼女にとって最も危険なことは、
苦しみや痛みの閥を見過ごしてしまうことだ。
あたかも、苦しいことが日常であるかのように振舞う。

4年前に彼女は妊娠をした。
当時、胃腸炎に苦しんでいた彼女は、
妊娠の体調不良を、勝手に胃腸炎だと決め込んだ。
6ヶ月の胃痛の中、彼女はついに病院へ向かった。
お医者さんからは、おめでとうございます、妊娠です、と告げられた。

危険を回避するために、知覚は空間の差異を捉える。
例えば聴覚は、振動によって何かがあることを察知する。

イヤフォンを耳につけて音楽を聴いている。
交差点、横断しようとすると、車が思いのほか近くにいたりする。
聴覚は、イヤフォンによって機能不全を起こしている。

けれど、毎日繰り返してイヤフォンをつけていると、
次第に耳で危険を察知する行為をやめてしまう。
横断歩道の前、左右を目で確認する。

聴覚と視覚と嗅覚は、空間を隔てて何かを察知する。
触覚と味覚は触れることによって何かを察知する。

いうならば、遠距離ミサイル砲が聴覚、視覚、嗅覚。
格闘技が触覚と味覚。

視覚は触覚の延長器官だ、といったのはナンシーだっただろうか。
触れる、という行為。それは殴打から愛撫の間。

アメリカ合衆国で核爆弾のスイッチを押す。
その爆弾がアルカイダへと飛んでいく。
アルカイダに落とされた核爆弾が殴打を、つまり、殺傷という行為を遂行する。が、目的のフセイン大統領を正確に殺すことは出来ない。彼の身代わりに、それらの周辺のものを殺傷する。

アメリカ合衆国は、衛星の映像によって、アルカイダを管理下におく。
アルカイダはその視線を逃れるために、核兵器のスイッチを押すようなまねはしない。
彼らは2、3人で爆弾と共に飛行機に乗り込む。
そして、ハイジャックする。

大きなものに執着すると、小さなものに気が回らなくなる。

アンドウユウコも。
その小さな差異が、大きな差異へと転がリ大きくなる。

彼女にとって気にならない胃腸炎から、初めての子供の誕生へと。
胃腸炎から変化した甥っ子は、去年幼稚園に入った。
彼は僕の父が大好きだ。
ショベルカーの運転席に乗せてもらい、有頂天になっている。

エンジン音。薄い、運転席の椅子が、振動で小刻みに揺れる。
泥と汗の混ざった匂いがする。
それを彼は、祖父の匂いだと覚え、僕は父の匂いだと覚えた。

父が乗っている乗用車の後部座席。
週刊誌と、泥のついた長靴。
シートに染み付いて落ちない、父の匂い。

田園都市線で眠っていた時だった。
ふと目がさめると、父の匂いがあった。
泥だらけの作業服。昨日のアルコールの匂いだろう。
しゃべりだすとふわっとにじみ出る口臭。
つるはしの話をしていた。
機械では壊せない奇怪な箇所を、つるはしで壊していたらしい。

渋谷の駅。
二人の作業服を着た男性は降りる。
彼らは、おしゃれな服装をした男子に混じって、
いまだ、つるはしの話をしていた。

あんじゃできねって、と言いながら、
並ぶエスカレーターの横、階段を上って行った。


散文(批評随筆小説等) ユウコトイサオ Copyright ブライアン 2010-01-24 03:22:50
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