父さんがなれなかった父さんに
小川 葉

 
父さんが
なれなかった父さんに
なろうと思う

父さんは
自動車が好きで
僕は
自転車が好き

自転車に乗る
父さんを
僕は見たことがないし
自動車を運転する
僕を父さんは
見たことがない

父さんは
子供の僕を
自動車に乗せて
いろんな町へ
連れてってくれた
とても遠い世界があることを
おしえてくれた

けれど
ほんとうは
父さんの自転車の
荷台に乗って
父さんの背中に
しっかりしがみつきながら
見慣れた景色に沈む
夕日を見ていたかった

ふりむく父さんの息遣いや
赤く染まる笑顔や
匂いやあたたかさを
感じていたかった

息子が生まれた今
僕は
父さんが
なれなかった
そんな父さんに
なろうと思ったのだ

荷台の息子に
楽しいかあ
とたずねると
楽しいよう
と嬉しそうに答えてくれる

けれども
ほんとうは

息子は
自動車が好きなのだ
一日中
トミカで遊んでる
その小さな運転席の窓を
小さな目で覗きこみながら
お父さんと僕が
乗ってるの
と話す
その生き生きとした目を見ると
この子もまた父さんが
なれなかった父さんに
なろうと思う
時が来るのかもしれないと
思うこともある
だから自動車を運転できない
父は
俯きながら
夕日に赤く染まり
言葉なく自転車を漕ぎ続けた

父さんを
自転車に乗せて
朝日を見に行った
父さんが
なれなかった父さんに
僕がなって
朝日が昇るのを見ていた
僕が見たかった
父さんの背中を今
父さんが見ている
と思えば思うほど
僕らは父である前に
男の子なのだった

それから父さんは
息子を助手席に乗せて
自動車を運転した
むかしみたいに遠い町までは
連れて行けなかったけど
僕は二人の様子を
後部座席から見ていた

ときどき
おかしくなって
笑ってしまった
二人は何がおかしいのか
わからない
顔を見合わせて
不思議な顔をしている
その様子こそ
僕にはとても不思議に見えたので
またおかしくなって
何度も笑った

笑ってると
二人も笑って
いつのまにか三人は
とても遠いところから
やって来たみたいに
いつまでも笑った

日が沈む頃になると
みな小さな男の子になっていて
母さんが恋しくなって
おうちへ帰った

父さんが
なれなかった父さんに
なろうと思う
男の子になっていた
 


自由詩 父さんがなれなかった父さんに Copyright 小川 葉 2009-11-17 00:26:34
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