「波の声をきいて」(5)
月乃助
背のほうでどさっと物が投げ出される音がして、続いて、男達の声がした。
「こいつ、どうする」
「生きてんのか?もう、くたばってんだろ」
「さあ、生きてるかもな。海に捨てるしかないだろ」
Sayoは、そのウォーフの上にころがる黒い影を見て、それが何かを認めると、すぐにもう漁師の男達の方へとずんずんと音を立てるほどに急いで歩き始めていた。
「お前が海に投げたんだと思ってたけどな」
くたびれた赤いラバーのエプロンをしている方が、そう言いながらその黒い影を足の先でけっていた。すぐ横には、漁を終えたばかりの網を巻き上げたセーナーの船が泊まっている。
Sayoは、その投げ出された黒い影のすぐ横に行くと、すぐにその顔を見つめた。それは、どうやらSayoには見覚えのないハーバー・シールのようだった。まだ息があるのは、ひげが動くのとぐっと閉じている口から、わずかに笛を吹くような呻きの音がするのでわかる。灰色に黒い不定形の判を押したような模様の体は、ほとんど乾いていて、水から上げられて随分と時がたっているのが分かる。
「あんたら何やってんの、そのアザラシまだ生きてるじゃない」
男達は、白いブラウスに黒いタイト・スカートの若い女が恐ろしい剣幕で二人に食って掛かるのに驚き、一瞬息を呑んで女の様子を見つめた。でも、すぐに動物愛護を訴える感傷的な学生を蔑むような目で、
「こいつが勝手におれ達の網にかかってきたんだから、こいつのせいだろ。おれらにどうしろって言うんだい、お嬢さん。こんなもの害獣なんだよ、網は破るし、魚をくすねるし」、もう二人はそれが若い女一人なのを知りにたにたと笑っている。そしてまた、エプロンが今度はわざとSayoの反応を楽しむようにアザラシの腹を足の先でけった。
足元のアザラシは、ぐったりとして動かない。
前ひれがくたっと骨ばった扇を半分広げたように見える。
「獣医の所にでも連れて行くかい、あんたがそうするなら、勝手にしたらいいさ。でも、こいつは、重いぜ。60パウンドはありそうだけどね…」
「そう、じゃ、あたしがもらっても良いのね」
Sayoはそう言いながら、車もなにも自分が持っていないことなどお構いなしに、頭に上がってくる血をただ押し戻すだけだった。
まだ、完全に大人になりきっていない、多分、生まれて一年かそこいらだろう。ひざを落とすとそのアザラシの頭をなでた。
「それで、坊や達は少しは手をかしてくれるのかしら」
「どうかな…、おれ達も忙しい体だからね。まだ、夕方の漁の魚を冷凍しないといけないしね」
「あらあら、大変だこと。まだ、お魚の相手をしないといけないのね。もっとも、女性が相手をしてくれそうもない方達だから、仕方ないのかしらね」
そう言いながら、Sayoはどうするかもう決めていた。
(つづく)