けだもの
いとう



けだものの口からはいつも涎が垂れていて
その臭いは数百メートル先まで届くが
けだものは気づいていない
もちろん
涎が垂れていることに

けだものの体毛は針のように硬く
生えているというより突き刺さっているように見えるが
けだものは泣かない
そして吠えない

けだものの目は澄んでいるという者もいれば
濁り腐っているという者もいる
けれども
けだものと目を合わせた者はいない

よく見ると
けだものは傷だらけだ
どこで傷ついたのかけだものしか知らない
いや
けだものも知らない
誰もが知らないあいだに傷ついているので

けだものの爪はもちろん尖っている
それは
殺すためにではなく守るためにある
いや
同じことだ
誰もが守るために殺すので
死ぬことだけは
平等だ
けだものにも死は訪れる
けだものはそれを知っている
知らないのは
けだものであること
そして
けだものと呼ばれていること
そして
けだものという言葉があること




未詩・独白 けだもの Copyright いとう 2004-09-15 00:16:20
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