桜吹雪
灯兎
出会ったときの貴女の笑顔は、白く透き通って、僕の硬い指先が触れたら、壊れてしまいそうでした。空からは粉雪が落ちてきていて、君に似合いだと思ったのを覚えています。
「ねえ、私が壊れても、愛してくれる?」
そう言った貴女の輪郭は、雪よりもなお概念的で、僕を戸惑わせました。
「壊れても、愛しているよ。」
そんな貴女を、少しでも不安にさせてはいけないと、精一杯の装飾を浮かべて、このシンプルな言葉をかけていました。これが間違っていたとは、今でも思いません。もし間違っていたとするならば、そもそもの出会いからして、間違いと矛盾に塗れていたのでしょう。
春がゆるゆると過ぎて、桜が散る頃に、僕と貴女は公園に行きました。桜は僕の一番好きな花で、だから貴女が
「風花みたいだね」
と言った時に、まるで自分の全てを理解されたかのような、唐突な衝撃に見舞われたのです。
――ああ、これが終わりの近い恋でなかったならば――
そう思ってしまった僕を、自分が誰よりも卑しいと思ってしまいました。それはまるで自らが断頭台に処した死刑囚に最期の言葉を聞いてやるような残酷さを伴った想いでしたから、あいかわらず僕は何一つ変わっていないし、何一つ理解されてなんかいなかったんだと、諦めに似た感情が湧いたのです。
それでも、僕はここに記しましょう。
貴女と過ごした夏の日も、貴女と歩いていた秋の日も、貴女を抱きしめていた冬の日も、
全てが僕の宝物だったのです。半分しか影を持たずに、生きながら死んでいるような、演劇の中に突然と迷い込んでしまった観客のような、そんな生き方しかできなかった僕の最後を彩るには、いささか綺麗に過ぎるものです。いま、貴女がこの手紙を読むとき、薄紅の花は散っているでしょう。そして、僕もその場所にはもう居ないのでしょう。けれど、どうか泣かないでください。二人の馴れ初めは終わりの始まりでしかなかったのだと、どちらも分かっていたはずでしょう。あの日に、貴女と出会えた奇跡が、今も胸に吹雪いて、やがて落ちていきます。その寂寥は僕が持っていきます。全てを薄紅に染めていく、桜の花びらほどには、甘やかな想いを届けることはできませんが、最後にもう一度だけ、心からの懺悔と後悔、そして感謝を込めてこの言葉で筆を置きます。
――貴女を愛しています――