アポカテラロ 花嫁
人 さわこ

その日、私の日記には。私が愛してやまない人物の名前を書き綴った。
どうしたって手に入らない物は沢山ある。それをわかった上で思う。決して、諦めてきたわけではないと。独りで立ち上がってやっと見えるものは、いつも想像もできないような新しい出会いだったから。ずっと感じていた、私の背を押している何か。振りかえれば消えてしまいそうで、前だけを見て、ひたすらを行く。わかっている、もう私は知っている。大丈夫、私は行こう。

見覚えのあるマグカップ、暖かい紅茶が並ぶ。ブタの貯金箱と交換で、叔母の誕生日を祝ったミッキーマウス。鼻が折れてしまっていた。次から次へとお菓子をすすめられる、久しぶりだった。目前のその人の中に、私を知らない母が生きている。息をはくたびに静けさに気づく、天井が鳴る。この場所では時が止まる、蘇ることもせずに。大きすぎる過去と向かい、長い確認作業が続く。理由ではなく事実を淡々と、記憶をなぞっていくだけで、私は満足したい。何かするわけじゃない、縋るつもりもない。ただ明瞭に、私が意味になるための。ずっとずっと、しっかりとした筆跡に憧れていたから、何ひとつ変わっていない未来が嫌だった。

いったい、この手は何を繋ぐのか。
終わらない計算をしている。


散文(批評随筆小説等) アポカテラロ 花嫁 Copyright 人 さわこ 2009-09-02 20:41:40
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