ノリピー・ノリピー 誰が豚かを決めるのは俺だ(4)
花形新次
♪ソバカスなんて気にしないわ
ハナペチャだって だって だって お気に入り♪
「おチビちゃん、笑った顔の方がより不気味だよ。」
― そう言って、泣いている幼い私に決定的なダメージを与えてくれた、
あの丘の上の悪魔君がギルバートさんだったなんて・・・・。
驚きと感動で、人間空母ノリちゃんの緑の瞳には涙が溢れてきました。
よみがえるあの日。
ノリちゃんに悲しいことがあると、いつもどこからともなく現われてきて
得意のバグパイプを吹きながら、「お前の泣き声、豚の声。お前の泣き声、豚の声。」
を連呼して去って行った非情な少年。
あの丘の上の悪魔君がこうして、今自分の目の前にいる。
ケント・ギルバートに似た狡猾そうな微笑みを口元に湛えて、今ここに。
「相変わらず、笑った顔の方がより不気味だな。」
ギルバートさんはノリちゃんに向かって、そう言いました。
「何故、今まで黙っていたの。」
ノリちゃんはハラハラと流れ落ちる涙を、指で拭いながら聞きました。
「何故って、言う必要がなかったからね。」ギルバートさんは当然でしょうといった表
情で言いました。
「ずっと、あなたを探していたのよ。」
「復讐のためにか。」そういうとギルバートさんはフフッと笑いました。
ノリちゃんは言葉に詰まりました。確かに丘の上の悪魔君に対しての復讐心は絶えるこ
とがありませんでした。
「あなたが悪魔君だと知っていたなら・・・・。」
「知っていたなら?」ギルバートさんはポケットから煙草を取り出し、口に加え
ライターで火を点けました。
「ミョギーに俺を始末させていたのに、ってか?」そう言うと、ガハハハハと大笑いし
ました。
「何がおかしいのよ。」ノリちゃんは、その大笑いが許せませんでした。
笑いを堪えながら、ギルバートさんは、言いました。
「ミョギーと俺とは一心同体さ、奴のことを本当に理解しているのは世界中でこの俺だ
けさ。その俺をミョギーがどうこうするわけがない。」
そう言うと、煙草を大きく吸い、煙をノリちゃんに向けて吹き掛けました。
煙に咽ながら、ノリちゃんは言い返しました。
「そんなことはないわ。彼は私のことを今でも愛してくれているのよ。」
ギルバートさんは煙草を地面に投げ捨て、靴でもみ消すと、ノリちゃんに顔を近づけま
した。もう笑ってはいませんでした。
「よく、そんなことが言えたもんだな。お前が奴をどんな目に合わせたのかは、お前自
身が一番よく知っているはずだ。」
「私が彼に何をしたっていうのよ。」
「しらばっくれんじゃねえ!」ギルバートさんはドスのきいた声で、怒鳴りました。
「お前に袖にされたせいで、あいつの人生はメチャクチャになっちまった。」
ギルバートさんの頭の中では、ノリちゃんに振られてからのミョギーの人生が走馬灯の
ように駆け巡っていました。
北朝鮮に拉致被害者を救出しに行くといって、間違えて雪の東北地方に行ってしまい、
泊まるところもなく、寺の境内の下で寝ているところを、親切な村の駐在さんに
助けられたこと。
アメリカに高飛びしたときには、麻薬密売人に間違えられて、ショーシャンク刑務所に
収容されたものの見事脱獄に成功したこと。
日本に帰ってから、ノリちゃんに連絡を取ろうとして、他人の家に侵入して、逮捕され
たこと。
出所後、選挙に立候補するも泡沫中の泡沫候補として、民衆の嘲笑の中、前代未聞の獲得票がたった一票(自分の票)で落選したこと。
「全部、お前のせいだ!」ギルバートさんの目にも涙が浮かんでいました。
「お前の方が復讐されるべきなんだ。」
ギルバートさんは、ジャケットの内ポケットから、ジャックナイフを取り出しました。
「な、何をするつもりよ。」ノリちゃんは後ずさりしながら震える声で言いました。
「ミョギーの代わりに、俺がお前に復讐してやる!」ギルバートさんは、ジャックナイ
フの刃をノリちゃんに向けながらジリジリとにじり寄って来ました。
「死ねー!」そう叫ぶと、ギルバートさんはノリちゃんに襲い掛かりました。
ノリちゃんは顔を両手で覆い、悲鳴を上げるしかありませんでした。ギルバートさんの
ナイフが、今まさにノリちゃんの心臓めがけて突き刺さろうとした瞬間、
二人の間にもう一つの影が割り込んできました。
「グワーッ!」男の叫び声、傷を負ったときに発するであろう声が、辺りに響き渡り
ました。
「えっ?!」ギルバートさんは、手応えを感じていました。確かにこのナイフで仕留め
たという手応えを。
しかし、仕留めた相手は違っていました。ギルバートさんのナイフは、ギルバートさん
とノリちゃんの間に割り込んできた人物の右のわき腹に突き刺さっていました。
そして、その人物とは・・・。
「ミョギー?」ギルバートさんは信じられませんでした。ミョギーのためにと思って抜
いた刃が、そのミョギーに傷を負わせてしまった。
「アア・・、ミョギー、何故、何故なんだミョギー!」ギルバートさんは自分の腕にミ
ョギーを抱えながら、泣き叫びました。
その声を聞いて、ノリちゃんもやっと顔を上げました。
「茗荷谷君なの?」ギルバートさんの腕の中の人物が誰なのか、恐る恐る覗き込みまし
た。
「茗荷谷君!」ノリちゃんは、目を瞑ったままのミョギーに向かって叫びました。
するとミョギーは薄らと目を開けました。
「おお、ミョギー。大丈夫か!しっかりしてくれ!」
「茗荷谷君、しっかり!」
二人が声をかけると、ミョギーは何か話そうとしました。
「ミョギー無理するんじゃない。今は話さない方がいい。すぐに救急車を呼ぶから。」
ギルバートさんは携帯電話を取り出し、119番に電話をかけようとしました。
しかし、ミョギーはゆっくりと右手を差し出し、携帯電話を払いのけました。
「何をするんだ、ミョギー。」
「そうよ、早く病院に行かなくっちゃ。」
ミョギーは、その声に小さく首を横に振りました。
そして絞り出すように一言いいました。
「ブリ大根が食べたい・・・・・。」
男は金がなければ生きていけない、玉がなければ生きていく資格がない