くすりとも、
影山影司
その時僕は岩のようなチーズを削っていた。
背の低い空き箱に腰掛けて、股の間には薪火で炙る大鍋。
削り節のチーズはみじめったらしく焼け焦げた鉄の上に落ちて、どろどろと溶ける。
俺はどうやらスープを食べたいらしい。
自分の手には少し大きすぎる塊を握って、片刃のナイフを親指の腹で押し通す。
ごつごつとした感触を、まったいらにしたいのだ。
チーズがサイコロみたいになる頃、大鍋の中には泡を吹くスープが出来ている。
アミノ酸スープだ。ゆるやかに渦を巻き、鉄鍋にこびりついた栄養を吸い取ってチーズはチーズ以外に変質する。アミノ酸スープだ。チーズが「もう、俺を削るのはやめてくれ」とよだれをぽたぽた垂らす。熱気が、掌にまで立ち上っている。固体であることをやめた液体が、指の隙間を逃れて、滴となってアミノ酸スープへ引きずり込まれる。
「俺を削るのはやめてくれ」
声は繰り返し聞こえる。誰も聞いていない。つるつるに削ぎ上げたチーズの表面に写る自分の顔。俺はどうやらスープを食べたいらしい。鉄鍋の中の液体を匙で掬い上げてヒト啜り。
そうやって平気な顔をしている。