くすりとも、
影山影司

 その時僕は岩のようなチーズを削っていた。
 背の低い空き箱に腰掛けて、股の間には薪火で炙る大鍋。
 削り節のチーズはみじめったらしく焼け焦げた鉄の上に落ちて、どろどろと溶ける。
 俺はどうやらスープを食べたいらしい。
 自分の手には少し大きすぎる塊を握って、片刃のナイフを親指の腹で押し通す。
 ごつごつとした感触を、まったいらにしたいのだ。
 チーズがサイコロみたいになる頃、大鍋の中には泡を吹くスープが出来ている。
 アミノ酸スープだ。ゆるやかに渦を巻き、鉄鍋にこびりついた栄養を吸い取ってチーズはチーズ以外に変質する。アミノ酸スープだ。チーズが「もう、俺を削るのはやめてくれ」とよだれをぽたぽた垂らす。熱気が、掌にまで立ち上っている。固体であることをやめた液体が、指の隙間を逃れて、滴となってアミノ酸スープへ引きずり込まれる。
「俺を削るのはやめてくれ」
 声は繰り返し聞こえる。誰も聞いていない。つるつるに削ぎ上げたチーズの表面に写る自分の顔。俺はどうやらスープを食べたいらしい。鉄鍋の中の液体を匙で掬い上げてヒト啜り。

 そうやって平気な顔をしている。


散文(批評随筆小説等) くすりとも、 Copyright 影山影司 2009-08-02 02:46:07
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