お母さんの涙
光井 新

 神様はいない、なんて思ったりもした。だっておかしいじゃない、神様がいるのなら、どうして私の右手を動かなくするの?
 でもね、最近はね、ちょっと違った考え方もしてみるの。例えば、素敵な曲を奏でる、あの天才ピアニストの右手じゃなくて良かった、なんて考えたりもするの。それから、綺麗な絵を描く、あの有名画家の右手じゃなくて良かった、なんて考えたりもするの。
 そんな話をお母さんにしていたら、なんだか涙が出てきちゃって、その私の涙を優しく拭いてくれる、お母さんの右手じゃなくて本当に良かった、なんて思ったの。
 だけど、お母さんも泣いちゃって、その涙を私の右手で拭いてあげたいって思ったの。
 ピアノなんて弾けなくてもいいけど、絵なんて描けなくてもいいけど、お母さんの涙は拭いてあげたいの。だから神様お願いします、私の右手をもう一度動く様にしてください。
 神様にちゃんと聞こえる様に、声に出してお願いしたの。そしたらお母さんは、バカな子ねぇあんたは頭を使いなさい、って笑いながら、私の左手にハンカチを持たせたの。


散文(批評随筆小説等) お母さんの涙 Copyright 光井 新 2009-07-16 05:59:57
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