朝起きると雨が降ってたんだ
不可思議/wonderboy

朝起きると雨が降ってたんだ。
休みの日に雨が降っていると僕はすげー落ち着いた気持ちになれるんだ。
でもその日はダメだった。なんだか頭が痛かった。
そうだ、すげー憂鬱な夢を見たんだ。きっとそのせいだ。

僕は幸運にもPerfumeのライブ会場の設営のスタッフに選ばれたんだ。
僕はライブ会場のスタッフだからライブ中にお客さんが悪いことをしないか
見張ってなきゃいけなかった。
そうは言ってもみんなPerfumeが好きで見に来てるから
悪いことをするやつなんていないし
僕は「ケータイカメラでの撮影はご遠慮ねがいまーす」とかしか言うことはないはずだ。

でもその日は違った。
始まったときから変な雰囲気だったんだ。
みんな三人が登場しても全然盛り上がらないし、
座って見てる人もいる。それどころかとても不快そうな顔をして
ヤジを飛ばす人さえいる。
僕は頭にきてそいつを会場からつまみだした。だってそいつは
あからさまに僕の大好きなあ〜ちゃんの悪口を言っていたからだ。
そんな言葉ライブ会場で聞きたくなんかないし、みんなそう思ってるはずだ。
でもおかしなことにみんなそいつに対して何も言わなかった。
それどころかそいつの言うことを煽るやつまでいる。
一体どうしちまったんだ。

しばらくしてからもっとおかしなことが起きたんだ。
会場の西側半分の照明が明るくなって
西側のお客さんが帰りはじめたんだ。まだライブは終わってないのに。

それでもPerfumeの3人は笑顔で踊り続けた。嫌な顔一つ見せなかった。
なんとかフィナーレを迎えることができたが最後の最後までまったく盛り上がらなかった。

ライブは終わりスタッフの僕らは片づけの前にいったん集合した。
真ん中にはPerfumeの3人がいて、あ〜ちゃんがスタッフの僕たちにねぎらいの言葉をかけてくれた。
ライブが盛り上がらなかったのは僕たちスタッフの責任もあるはずなのに、スタッフのみなさんはとても頑張ってくれた、とあ〜ちゃんは言った。僕はとても嬉しかったし、ますますあ〜ちゃんのファンになった。

そうだ!あ〜ちゃんにデモCDを渡そう!
僕は普段スポークンワーズをやっていて結構僕の曲をほめてくれる人もいるんだぞ!
なかには絶賛してくれる人もいるし、なんどかスラムでも優勝してる!
ん〜でもあ〜ちゃんはスポークンワーズとかラップには興味ないかもしれないな
そうだ、じゃあ女の子でも聞きやすい「銀河鉄道の夜」と「世界征服やめた」だけをCDに入れて渡そう!そしたら、あ〜ちゃんも聞いてくれるかもしれない!

実はもうそのCDはバックの中に入っていたから、バックからCDを出してどうにかしてあ〜ちゃんに近づいてそれを渡すだけだ!よし!絶対に渡そう!
あ〜ちゃんが僕のCDをCDプレイヤーに入れて再生ボタンを押すところを想像しただけでわくわくした。

でもそのときだ。
僕はスタッフの中の偉い人に呼び止められた。
「おい、お前は水槽の中のワニを殺しただろう」
「…水槽の中のワニ?」
僕は彼が何を言ってるのかわからなかった。
なんでPerfumeのライブ会場に水槽なんかあるんだ?
百歩譲って水槽があったとしてなんでその中にワニが入ってるんだ?
二百歩譲って水槽の中にワニが入っていたとしてどうして俺がワニを殺すんだ?
ってゆうかどうやって殺すんだ?この細い腕で。

でも確かにその男が指差す方向には水槽の中にちゃんとワニが入っていたし、
ちゃんと血だらけで死んでいた。

「みんなお前がやったと言っている。」と男は言った。
「殺してしまったことはいいんだ。仕方がない。もう過ぎたことだ。誰にでも過ちはある。
だがお前は後始末をしなければならない。ワニを処分して水槽をきれいにするんだ。俺の言ってることはわかるな?」
わからない。ぜんぜんわからなかったが、その男には有無を言わせぬ雰囲気があったし、周りのスタッフが俺のほうをちらちら見ながら侮蔑の視線を送っていた。
僕は何も言い返せずに、水槽を片づける羽目になった。
僕は水槽からワニを引っ張り出し、タワシでごしごしと血だらけの水槽をこすりはじめた。
ワニの血は水槽のガラスにこびりついてなかなかとれなかった。
なんでこんなことをしなけりゃならないんだ。
僕はあ〜ちゃんのことを考えた。
あ〜ちゃんはあとどのくらいこの会場に残っているのだろう。
早くしないとあ〜ちゃんは帰ってしまうかもしれない。
僕はタワシでこすりながら会場を見渡した。
あ〜ちゃんはどこだろう。さっきまでは近くにいたんだ。
もう楽屋に戻ってしまったのだろうか。
アルバイトのスタッフが黙々とステージを崩していた。
あ〜ちゃんの姿は見えない。
水槽にこびりついた血はどれだけ強くこすっても落ちることはなかった。
僕は思いっきり泣きたくなった。
なんで!
なんで!なんでこんなことをしなくちゃならないんだー!!!!

そこで目が覚めた。

僕は昨晩の悪い夢をひきづりながらもパソコンの電源を入れてインターネットを開いた。

そう、昨晩のっちの熱愛が発覚していたんだ。
ストレイテナーというバンドのボーカルとのお泊まり愛がフライデーされていた。

2ちゃんねるやミクシーは大荒れだった。
多くの2ちゃんねらーはのっちのことをビッチと吐き捨てていた。もっとひどいことを言っている人もいた。
ミクシーではこのニュースに関して、1700件以上もの日記が書かれ
2ちゃんねるほど言葉は汚くないにしろ、同じようなことが書かれていた。

「どこにでもいそうな女の子」が売りのアイドルが実際にどこにでもいるような女の子であることがわかった瞬間に世間の目は、いや誰よりもファンが一番冷たかったのだ。

あれから1年後、Perfumeの人気は急速に落ちていた。
ちょうどその年の6月の中旬のことだった。
その朝のことは一生忘れないだろう。
その日は休日で朝から雨が降っていた。休みの日に雨が降っていると僕は落ち着いた気分になれるんだ。
でもその日はダメだった。頭がひどく痛かったし、吐き気すらした。なんだかとても嫌な胸騒ぎがした。
そのどうにもならない気分を引きづりながら僕はテレビをつけた。
見慣れた名前がすぐに飛び込んできた。

「Perfumeののっちこと大本彩乃(20)死亡。自殺か。」

のっちが住んでいたと見られるマンションの前に多くの報道陣が詰めかけていた。
レポーターはその場の緊迫感を伝えるには十分すぎるほどの表情をしていた。
どのチャンネルを回してものっちの自殺で持ちきりだった。
一瞬何が起きたのか全くわからなかった。
でも次の瞬間には何が起きたのか、わかりすぎるほどにわかっていた。

男は僕に
「おい、お前は水槽の中のワニを殺しただろう?」
と言った。
「みんなお前がやったと言っている。俺の言っていることはわかるな?」

わかる。とてもわかる。わかりすぎるほどだよ。
と僕は心の中で言った。



自由詩 朝起きると雨が降ってたんだ Copyright 不可思議/wonderboy 2009-06-14 20:54:22
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