ミミー・アナとカッポジッテ -断章 1-
人間
―――「私が最も恐れているのは、他人の”正義”です」
オンドレイ・ミミー・アナは縋るとも射抜くともつかぬ目でブリキ製の偶像に向かい、
もったいぶった仕草で手を合わせ、告白とも暴露ともつかぬ調子で漏らした、初夏の朝。
そのお道化た様子を見詰めて、カッポジッテはニヤニヤしながら両腕の義手を擦り合わせた。
「だって母さん、彼らは『もしかしたら自分は間違っているかも知れない』なんて微塵も考えていないんだわ!」
ミミーはシリー・アナのスカートにしがみ付いて無邪気に訴えた。
溶樹の絡まった石塀にシリーがホースで水を掛けると、朝陽が火花のように乱反射した。
「たとえ慎重な言動をしていたって、それはいつもポーズ!思想的な擬態!狡猾な油漬け鰯!」
ゼラチン皮膜の上を滑る融けた生クリームのような積雲が低く唸る風に引き摺られて泥のような影を脱糞した。
「絶望も反省もしないでしょうね!決して!その欺瞞がたとえ誰かを殺す結果になったって!」
「落ち着きなさい、ミミー」
庭の端でカッポジッテが両脚の義足を器用に操り手押しポンプを漕ぐと、
井戸に装飾された八瘤の取っ手の”ヰ”の焼印から霧が吹き出された。
「仕方がないじゃない、望んでそうしているんだから」
竿にぶら下がる色とりどりのハンケチーフが蒼天に拍手喝采を送った。
「第一あの人たちは”世の中をもう少しマシにしたい”なんて、
本当は真剣に考えていないんですもの。勿論、私もあなたも」
屋根の風見鶏が14羽とも一様にソッポを向き、裁縫糸で繋がれた紀州犬は空中分解した。
出口の無い迷路のように撒かれた粉末状殺虫剤にのたうつトビズムカデを憂鬱なシラコバトが啄ばみ、
そのシラコバトを憔悴しきったたイボイノシシが銜え、
そのイボイノシシを放水で追っ払ったシリー・アンナは二度身体を天に着く程伸ばした後、
朝食の準備をする為に家へ戻っていった。―――
(『Mimy-Anna and Coppogitte 〜chapter1: Silly-Anna swore slow sleep〜』より)