サイエンスフィクション・オールライト
竜門勇気
バグアイドモンスターが襲ってきた!連中は七つの目と非対称な七千とんで二本の腕と一本の足を持つ大変アンバランスなモンスターだ。
その七千とんで三本の触手とも花弁ともいえないぬらぬらした触手をうごめかしながら俺の行く手をさえぎって奴は叫ぶ。
「古新聞、古バイク、使わなくなったバッテリー乾電池などお引取りしていますが!」
「今回は、また次の機会ということで!」
やり過ごした。ぐるぐると視界が歪んで見える。これは全く連中の吐き出す息に含まれている塩素の仕業に違いない!くそったれの、出来損ないの、かたわの宇宙生物め!
俺がそう吐き捨てたと同時に右の肩に熱いものを感じた!それが全身を駆け巡った後頭の中にたどり着いて俺はぶっ倒れた。こいつはずいぶん旧式の熱線銃に違いない。
それも馬鹿みたいに激痛ばかりはしる忌まわしい犬でも使えるあの銃だ!
ふざけやがって全く火星の連中ならこれでも気を逸らすぐらいで済んだだろうに!もんどりうちながら何とか顔を上げると腐ったミックスベジタブルをどぶに投げ捨てたような面をした警官が俺をねめつけていやがる。
連中はいつも田舎の年寄りどもの古臭いサイフォンみたいなエア・クラフトに乗って、ふらふらと市民の苦情もきかねえで時間つぶしにオキシドールスタンドでウェイトレスをからかってやがるがこんな時だけは稲妻みたいに素早くあらわれやがる!
さっきのベムみてえなクソどもがうろつくせいで今やどの街でもありとあらゆる劇薬と化合物の臭いが嗅げるんだ。しかしな、一番くせえのはきたねえ言葉を世界から失くせば平等が訪れると信じてるてめえみてえな奴だぜ!
「”かたわ”だと?”出来損ない”だと?ぜひとももう一度その言葉を聴きたいな、ワシの耳が何か勘違いをしていないといいんだがな。」
かたわの出来損ない?あんたのことか?よっぽど酷く殴られたんだな、鏡を貸してやろうか。悪いけどふきだしちまいそうだぜ。
きたねえ面しやがって!
警官はやっためたらに俺に蹴りをくれた後、指一本動かせねえ俺の内ポケットからなけなしの500クレジットとIDカードを見つけ出してこう言った。
「今回はあんたのポケットの中に味方がいたから良かったが次は土星の重力の壷の中で墓堀をやらしてやるからな。」
俺は顔をしかめて見せ、目の前の無重力歩道に唾を吐いてやった。
ふわふわとルナリアンが驚いて低い金切り声を上げやがる!ぼとぼと道端でクソを垂れる下等生物が!
「まあ・・・ 次のあんたのポケットの中にまたあんたの味方がいたら、それはわからんがね?」
老いぼれの警官が俺の瞳孔を確認した。俺が生きているのがわかるとニヤリと笑う。奴を追う俺の黒目の黒い黒い黒い場所に唾を吐いて消えうせた。どこに行っても奴らがいやがる。まぶたを拭ってようやく立ち上がった。邪魔ばかりしやがる。苛立たせるばかりで甘い汁ばかり奪いやがる。
陽がとっぷり暮れている。これもどうせ見せ掛けだ。電球のお化けが天蓋を移動しているだけだ。いったいここは何処なんだ?さっきからやけにドラマチックじゃねえか。パラパラ風に吹かれるパルプフィクションの中にいるみたいだ。
またベムが目の前を横切っていきやがった。銀色の魚みたいな奴だ。やけに癇に障る嫌な臭いがする。連中のあの鼻に饐える臭いとは違うようだ。また政府はこのコロニーに新しい移民どもを受け入れたのか!
銀色の奴が通りすぎた場所がぼやけて見えるが気のせいだろう。俺は目をこすって、目を凝らして、ぼけた彗星生物料理店の看板をじっと見てみたがぼやけた場所はそのまま真っ白になってしまった。
看板の向こうを歩いていたロケット乗りがよく着る艶の無いシャツを着た男が、その空白を境に両断されてようやく俺は異常に気づいた!ロケット乗りは看板の裏でペカペカ光るネオンに照らされ、のっぺりとした傷口から一滴の血もこぼさずに俺に言う
「ここいらで大きな顔をしてうろつきたいなら14番地のユーズドを尋ねな。いつも水星の南京虫をつまみにエールを飲んでるような奴だ。すぐに見つかる。」
看板の裏には奴のちぎれた足があるはずだ。あのおぞましい移民の足跡に触れねえように覗き込むとやはり血の気の無いロケット乗りの下半身がうにうに地べたに落ちた芋虫のように動いていやがった。
男の口が言う「案内してやろう、この先をすぐだ。」
呟いたきり何も喋らなくなった。俺はこのゴミ屑野郎にかまっているのがゴマ粒を黄金と勘違いしたような気持ちになり「あばよ」と声をくれてやったが
男のバラバラの体が道路の上で壊れた騎兵隊のおもちゃのようにどこかへ(それこそ14番地へ!)案内するようにのたうっているのを見て、俺は一人で14番地のバーを目指すことにした。
数分歩くとすぐにバーが見つかった。ロケット乗りがすきそうな、腐ったニシンを平気で出すような店だ。人を舐め腐ってそれだけを生きがいにしているようなバーテンはビールを勧めてきやがる。
俺の有り金はクソ警官のクソ財布の中にある。どこかでふわふわ空を漂ってるようなもんだ。俺が「ここいらででかい顔をして歩きたいと俺は思ってる。でかい顔が出来るようになったら金を払ってやる。」と言うとビールは出てきた。
火星の極の氷を使ったビールだそうだ。
「あんたは支払いを欲しがってる。なら、次にあんたがすべきことは一つだな、なあブラザー?」
バーテンがニヤニヤしながらバーカウンターの奥の扉を指差した。
その指を銀の魚が横切った。群がるように魚たちがあらわれ、バーテンが見る見るうちに霧の向こうに消え去る。俺はかまわずカウンターを飛び越え真鍮のドアノブをねじりユーズドを訪ねた。
空っぽの部屋に深紅のビロード造りの椅子があった。その上には空白とぼやけた肉片のモザイクが鎮座していやがり、それは自らをユーズドの一人と名乗った。
その間も、わらわらと部屋の隅から湧き出る銀の魚に食い散らかされながら、ユーズドは言った。
「私に会いに来るには相当の覚悟があって・・・」
ユーズドの言葉さえ銀の魚は栄養にするようだ。徐々にユーズドの声は掠れ、途切れ、切れ切れになる。
「対価を・・・忠誠を・・・」
ユーズドの最後の言葉はこうだ。
「お前はこの物語の主人公だ。最後まで見届けよ。見届けさえすればそれでよい・・・」
今までユーズドを食いちぎっていた魚たちが俺に襲い掛かった。足が食われ手が食われ、
右目だけを残して去っていった。警官の唾液の臭いが食いちぎられたはずの鼻をつき、カビと紙魚の臭いに覆われた俺は目次へと吹き飛んで行った。