静かなる夕暮れの道・ルオー展にて〜町田探訪記〜
服部 剛
今日は休みなので、町田の国際版画美術館でやっている「ルオー展」に行きました。近所のバス停から11時前のバスに乗り、藤沢で久しぶりにダイヤモンドビル内にある有隣堂に寄りました。お目当ての本は「蕪村句集」で、昨夜寝る前に遠藤周作のエッセイをベッドのランプの灯りの下で読んでいたら、遠藤周作は寝る前に蕪村の句集を味わって読んだりしていたと、僕の手にした文庫本の中から語りかけられたような気持で、日々の旅路の偶然性(シンクロニシティ)を大事にしたい僕は、今日家の門を出てから「蕪村を読みたい」と心の何処かで思っていました。
有隣堂の岩波文庫の本棚の辺りにないかな、と思い探していると、思いがけず「立原道造・堀辰雄翻訳集」という良い本をみつけ、手にとって数秒後には、買うことに決めました。「蕪村句集」は見当たらないので、レジカウンターで検索してもらうと、店員さんが、これもまた思いがけずに「芭蕉・一茶・蕪村の名句集」という素晴らしいアンソロジーを持って来てくれてしかも「おくの細道」の分かり易い口語訳も載っており、ちゃんと読み直したいと思っていたので、その名句集も買いました。
町田へと向かう電車の中で、蕪村の春の句を読み、穏やかな日の光が射す店先に小さく開いた福寿草の句に、自らの花を咲かせるイメージが思い浮かび、印象に残りました。そして、松尾芭蕉の「おくの細道」の有名な(月日は百代過客にして行かふ年も又旅人也〜)という言葉を読み始めながら電車に揺られている内に、今日という日が旅のような感覚になってきました。
今日は休みなので急ぐこともなく、各駅停車に乗っていたので、藤沢から約40分位で町田に着きました。町田は僕にとって、忘れがたい高校時代に塾に通った青春の思い出の街で、懐かしい気持で賑やかな日曜日の「ターミナルロード」を歩きながら、道の最後の方で左に入ると細い「仲通り商店街」があり、その入口に、僕が高校生の頃からある大判焼き屋さんがあり、時々町田に行く度にそこで腹ごしらえするのが僕のお決まりのコースになっています。その店は数十種類の大判焼きがあることでも有名で、僕は(今日のオススメ)の抹茶クリーム等の大判焼きを買い、幸せそうに齧りながらターミナルロードを後にして、大きい町田市民図書館の足元の歩道橋を潜り、左折して「国際版画美術館」へと歩きました。
その道の途中の左手に「町田市民文学館〜ことばらんど〜」があり、尊敬する遠藤周作も生前玉川学園前駅から歩いていける所に「狐狸庵山人」として住んでいた町田に縁のある作家です。遠藤文学講座で会う知人がその文学館で働いているので、挨拶しようと思い訪ねましたが不在だったので、壁に貼られた遠藤先生のポスターに一礼して文学館を出ると玄関外に、軽井沢の遠藤周作の別荘に置かれていた彫刻があり、それはある彫刻家が、軽井沢の別荘の庭で一人佇む遠藤先生の郷愁がありながらも凛とした後ろ姿を見て寄付した作品との説明書きがあり、彫刻の輝く太陽の顔が、振り返った僕にも微笑みかけてくれました。
先ほどの道に戻り、信号を渡り曲がった坂を下りきると、左手には、初めて訪れる国際版画美術館があり、晴天の下、美術館前の広場や隣接の公園には休日の人々が賑わっていました。そして僕は、時代と国を越えて、今も静かに(何か)を語りかけるジョルジュ・ルオー展の無数の絵が展示されている、静寂の館内に入って行きました。
振り返れば、ルオーを知ったきっかけも遠藤周作が好きな画家だからですが、茨木のり子の代表作の詩「私が一番きれいだった時」の最後の連にも(年老いて素晴らしい絵を描いた、ルオー爺さんのように)自らも詩と共に生きていきたい・・・という戦後の時代を生きた言葉にならぬ思いを、ルオーの絵に重ねて語られているのも、印象的に思い出されます。そのルオーも戦時中の時代に感じたことを、作品に残さずにはいられない・・・という使命感から「ミセレーレ」という58作品の銅版画で、戦争で傷つき、哀しむ人々を見つめ、作品として遺しました。
そして、ルオーは宗教画家でありながら、中世の西洋の清らかで敷居の高い宗教画ではなく、当時の道化師や娼婦や、貧しい人々の中にこそ、神の愛の働きが潜んでいる・・・という信念を貫いて、生涯作品を描き続けました。初めてルオーの作品が大きな美術館に飾られ、世間に認められたのは60歳の頃で、それまでの長い間、苦労していたルオーですが、1958年にパリで86歳の生涯を閉じると、フランスの国葬で多くの人々に見送られる、国を代表する画家となりました。
僕は静けさの漂う館内で、時折休憩室の椅子に腰掛けて、外の公園の森の緑が風に膨らみながら身を揺すっているのを時折眺めながら、持参した文庫本を開いて、遠藤周作がルオーについて書いたエッセイを読んでいました。その文を読んで本を閉じてから、実際にルオーの絵を見ると、額縁の中の夕暮れの道を歩く寂しい道を、密かに隣で共に歩いてくれている風の人のような存在を感じ、人生は時に哀しくとも、それを静かに受け入れながら、歩み続けてゆくような、聖なる夕暮れの道に、自分も歩いているような、歩いてゆけるような、不思議な気持になる夢の情景が、目の前の小さな額縁の中に広がっていました。
ルオーの絵との対話をしている内に3時間以上の時は過ぎ、閉館の5時半になりました。僕は購入した図録を手に、美術館の外の公園を歩き、山の中の階段を上って少しの間、散策しながら、森の木々の無数の葉の隙間から、夕暮れ前の太陽の光が見え、人気少ない森の中を歩いていると、人間の心の内部の世界を歩いているような気がしました。
行きに通った同じ道に戻り、町田文学館の近くにある「町田屋」という豚骨ラーメン屋があり、その店も僕が時々町田に行くと立ち寄る店で、カウンターにゆっくりと腰を下ろした僕は、少し早い夕食が運ばれるのを静かに待ちました。ルオーの絵の中の優しい夕暮れの道を、脳裏に思い浮かべながら。